第7話 二人だけの秘密
――一人で留守番をして疲れたのか、菜乃果は夕食を食べて寝支度を整えるとすぐに眠ってしまった。
後回しにしていた洗い物を済ませた優は、エプロンの裾で手を拭きながらリビングにかけられている時計を見る。
時刻は午後十時。
「手が空いた時に返信しようと思ってたら、もうこんな時間か……」
菜乃果の世話している間、スマホの通知音がピコンピコンと際限なく鳴り続いた。
きっと招待されたグループチャットでメッセージのやり取りが行われていたのだろう。
ソファに座り、エプロンを脱いで画面を開いてみれば、案の定そこにはたくさんのメッセージが羅列されていた。
和紗:『佐伯くん、招待できたかな? 改めて、これからよろしくね』
蒼真:『よろしくお願いします』
香菜:『蒼真は私が招待しておいたよ。帰り際に聞いたらしどろもどろしながら教えてくれてね。可愛かったなぁ……』
池鶴:『そこら辺にしておきなさい。彼、きっとスマホの前で涙目になってるわよ』
香菜:『池鶴も大概じゃないかい?』
和紗:『井渕くん。池鶴と香菜は君をいじめようとしてるわけじゃないんだ。根はいい人たちだから、あんまり気にしないでね』
池鶴:『会長からいい人認定されちゃった……!』
和紗:『池鶴、ちゃんと井渕くんに謝って。香菜も』
池鶴:『ごめんなさい』
香菜:『悪かった』
画面に映っているやり取りを見て、優は思わず顔をひきつらせる。
(この人たち、本当に大丈夫なのか……?)
心配になる優だったが、一応和紗がストッパー役を担ってくれているので大丈夫だろうと思い込み思考を立て直す。
あまり遅くならないうちに挨拶だけでも送っておくことにした。
優:『遅くなってすみません! 佐伯優です! よろしくお願いします!』
すると、すぐに一つの既読がつく。
和紗:『よかった、ちゃんと招待できてるみたいだね。よろしくね』
池鶴:『何かあった時に個別で連絡できなかったら困るから、佐伯と井渕は全員に友達招待を送っておきなさい』
香菜:『招待来たらちゃんと承認するから、恥ずかしがらずに招待していいからね~』
立て続けに既読がつき、メッセージが送られてくる。
(なるほど、個別の連絡か。グループチャットで満足してたけど、確かに個別への連絡方法もあった方がいろいろ便利かもな)
優:『分かりました!』
蒼真:『分かりました』
池鶴も意外としっかりしてるんだなと思いつつメッセージを打ち、和紗を除いた生徒会メンバー全員に友達招待を送る。
香菜:『にしても、どうして個別の連絡先が必要なの?』
池鶴:『あった方が何かと便利でしょ。一対一でやり取りしてるのにわざわざ通知が来てたらうるさいし』
香菜:『そうかなぁ? 私は、知らないところでみんなが何してるか気になるけどね。池鶴も気にならない? 和紗が今誰とやり取りしてるのか』
池鶴:『気になる』
和紗:『池鶴?』
池鶴:『でも、会長にもプライベートがあるもの。私がそれを犯すことはできないわ』
香菜:『お、今回は何とか持ちこたえたね』
池鶴:『いいから黙ってて。アンタが喋ると私が会長に怒られる』
香菜:『池鶴が自重すればいいだけの話じゃない?』
池鶴:『十分自重してるわよ! 後は一体どうすればいいのよ!』
和紗:『それで自重してたんだね……』
戻ってくると、またも和紗と池鶴、香菜の漫才が繰り広げられていた。
(池鶴先輩、マジですか……)
和紗に一目惚れした自分も大概だが、池鶴のその和紗愛は一体どこまでなのだろうと戦慄すらしてしまう優。
特にこの漫才に参加する理由もないので、池鶴の逆鱗に触れないよう傍から見守っておくことにした。
画面を閉じて一息ついたところで、再度スマホの通知音が鳴り響く。
見ると、今度は個別のチャットからメッセージが届いていた。
『香菜だよ。よろしくね〜』
『二ノ宮池鶴よ。私に何か連絡があれば、こっちの方に連絡して』
『蒼真です。よろしくお願いします』
各々から来ていたLINEに返信し、優はふと思い出す。
(そういえば、会長からは何もLINE来てなかったな)
学校にいる間の和紗を見るに、きっと彼女は必要最低限のメッセージしか送ってこないだろう。
でもだからといって、それまでトーク画面をまっさらのままにしておくのは少し寂しい。
何せ好きな人とのトーク画面なのだから。
(会長と少しでもお近付きになるために、ここは俺から……!)
覚悟を決めた優は早速和紗にメッセージを送ろうとするも、何故か急に何を書いたらいいか分からなくなってしまう。
(あれ……俺、今までどうやって会長に接してたっけ……?)
今までは二人きりでも何事もなく和紗と接することができた。
それは和紗の顔を見て、相手がどういう状況かを確認し安心できていたからというのもあるだろう。
だが一番は、やはり周りの雰囲気が会話の流れを作ってくれた事が大きい。
今回はそれがないので、優が自ら会話の流れを作らないといけないのだ。
しかし、混乱している優にそこまで頭が使えるはずもないはずもない。
「思い出せ……思い出せ……」
優が選んだのは、どうやら今日一日を振り返って自分が和紗とどう接していたかを思い出す作戦のようだ。
両側頭部に人差し指を当てながら脳をフル回転させること数十秒。
(……そうだ、これだ!)
ふとあることを思い出し、これしかないと半ばヤケクソで和紗に送ったメッセージは……。
『ご飯、お腹いっぱい食べられましたか?』
数秒経って、和紗から返信が来る。
『友達削除してもいい?』
『ごめんなさい、削除しないでください』
即返信を送った優の頭は混乱していた。
「だって仕方ないだろぉ!? 急にどうやってメッセージ送ればいいか分かんなくなるし、今日一日辿っていってもきっかけがあったから話しかけられてただけだったし! 唯一残ってたきっかけがそれだけだったんだもん?!」
頭を掻きむしりながら暴れ出す優。
しかし言い訳を並べるだけ並べてみても、結局和紗には届かない。
それどころか言い訳を並べるだけ自分が惨めに思えてきてしまい、ただ和紗を傷つけてしまったという事実が浮き彫りになっていくだけ。
あまりのダメージにスマホをソファに放り投げた優は、そのまま蹲ることしか出来なくなってしまう。
しかし数分後、スマホの通知音によって優は体をビクリと跳ねさせた。
「ひぃっ!?」
今の通知音は、生徒会のグループチャットだろうか。
それとも、和紗からの返信だろうか。
恐る恐るスマホの画面を灯すと、そこには和紗からの返信が映っていた。
『私、人よりも少し食べる量が多いの。ほら、今日のお昼みんなで食べたでしょ? それを知られたくなくてお昼はみんなと同じくらいにしてたから、お腹が空いてつい鳴っちゃっただけ。別に極端に食べる量が多い訳じゃないから。本当に少しだけだから。そんなはしたない子じゃないから』
和紗からの弁明のメッセージ。
どうしていきなりこんなことを言い出したのだろうと困惑していると、もう一通だけメッセージが届く。
『このことは私と佐伯くん、二人だけの秘密。ちゃんと全部話したんだから、佐伯くんも他に言いふらすようなことしないでね。絶対だよ』
“二人だけの秘密”という言葉に、自然と胸が高鳴る。
さっきまでの不安もいつの間にか消えていて、優は自然と笑み崩れていた。
(……律儀なひとだなぁ。全部言わなくても、“言いふらさないで”とだけ言えばいいのに)
そんな和紗の律儀さや必死さがとても可愛らしくて、優は『もともと誰かに言いふらしたりするつもりはありませんよ』とだけ返信して、和紗からのメッセージをしばらくの間眺め続けるのだった。
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