第4話 好きな人のために
――自己紹介が終わり、池鶴と香菜は各々の業務へ。
優と蒼真は和紗指導の下、生徒会加入申請届を作成することになった。
和紗は一つ一つ指を差しながら、懇切丁寧に書類作成の仕方を教える。
そのおかげもあって、優と蒼真はスムーズに申請届を完成させることができた。
「……そういえば、僕が庶務で蒼真が会計になった理由は何かあるんですか?」
作業が一段落ついたところで、優は和紗に問いかける。
「特段深い理由はないんだけどね。井渕くんは入試の結果から計算が得意だってことは分かったし、佐伯くんはオールラウンドに仕事をこなしてくれそうだったから」
「入試の結果って……えっ、見たんですか⁉」
「勝手に見てごめんね。普通ならそうはならないんだけど……ほら、生徒会って佐伯くんと井渕くんが来るまでは三人だったから、少しでも早く新しい人手が欲しくて」
実は和紗は入学試験を管理していた先生に断りを入れて、テストの結果を鑑みながら生徒会に勧誘する生徒をあらかじめ決めていたのだ。
「そうか。だから、人前に出てなかった僕も会長から勧誘を……」
「……ちなみに、僕のテストはどうでしたか?」
「佐伯くんは探さないとバツが見当たらないくらいだったよ。相当勉強したんじゃない?」
「え、えぇ、まぁ……」
「まぁ、だからと言って私が人様のテスト結果を勝手に見ていい理由にはならないんだけど……本当にごめんね。井渕くんも」
「い、いえ。僕は別に……」
「というか、今まで三人で生徒会を運営してきたんですよね。どうしてもっと人数を増やさなかったんですか?」
「増やそうと思ったんだよ。それで生徒会に入ってくれる人も何人かいた。でも、みんな私たちと自分の間に力の差を感じちゃったみたいで……」
どうやら、中身はああでも実務能力はちゃんとある人たちのようだ。
それに加えて和紗と香菜は「青鸞学園二大美女」として崇められているほどだし、池鶴もその中には入れなくてもかなりの美貌の持ち主。
どうしても気後れしてしまうところはあるのだろう。
(まぁ、とかなんとか言って結局は池鶴先輩による選定がある部分が大きいんだろうけど)
先ほどの池鶴の振る舞い方を思い出しながら、優は小さく苦笑を浮かべた。
「と言っても、じゃあ三人で運営出来てるかっていうと、手が回らなくて後回しにしてる業務がたくさんあるのが現状。だから佐伯くんと井渕くんには、なるべく早くやり方を覚えてもらって仕事に参加してほしいの」
和紗の話す様子から感じるひっ迫した空気に、優は思わず眉をひそめる。
その
普通なら、ここまで入れ込むことはない。
優はたった今入学式を終えた新入生。
生徒会に入ったとはいえまだ正式な手続きも済んでおらず、入学したての今日から業務に取り掛かることはない。
それに、優を待っているのは大量の業務だ。
急な出来事続きで疲れた体に鞭を打って、わざわざ面倒臭い仕事を請け負う必要もなかった。
(だとしても……)
今、目の前で好きな人が苦しんでいる。
それだけで、行動するには十分だった。
「だったら、今からでも僕に仕事をください」
「えっ?」
「先輩方の手を煩わせてしまうかもしれないですけど、少しか業務は消化できるはずです」
「で、でも……」
「いいんじゃないですか、会長」
優の申し出に困ったような、申し訳ないような、曇った表情を浮かべる和紗に池鶴がプリントを手に持ちながら近づいてくる。
「会長の言った通り、今は手が足りません。ここは、佐伯の厚意をありがたく受け取りましょう」
「でも……」
「会長」
依然として迷う様子を見せる和紗に、優は微笑みながらゆっくりと頷く。
自分は大丈夫だから安心して仕事を任せてほしいと、そんな思いを込めながら。
それが届いたのか和紗は優を見て目を見開いた後、呆れたように笑みを浮かべた。
「……分かった、じゃあ佐伯くんにはもうちょっとだけ残ってもらおうかな」
「ありがとうございます!」
「でも、無理はダメ。何かあったら、ちゃんと私たちに言って」
「分かりました!」
(これであともう少しだけ会長と一緒に居られる……!)
先ほどまであれほど和紗のことを思いやっていたのにも関わらず、和紗の笑顔を見て安心した反動かすっかりと色ボケしてしまった優。
しかし、そんな優を池鶴の一言が正気に戻した。
「じゃあ、佐伯は私が面倒を見ます。……ほら、行くわよ」
「え、えぇっ⁉ このまま会長が面倒見てくれるんじゃないんですか⁉」
「会長には会長の仕事があるの。申請届の面倒を見てもらっただけでもありがたいと思いなさい。それとも何、私じゃ不満だって言うの……?」
「い、いえ、そんなことは……」
「だったら黙ってついてきなさい。大口叩いた分、みっちりと使わせてもらうからね」
「そ、そんなぁ……」
池鶴に腕を掴まれ、ずるずると連れて行かれる優。
その様子に和紗は口元に手を当てながら、けれど心から楽しそうに声を上げて笑っていた。
……一連の流れを、蒼真は制服の裾を掴みながら不安げな様子で見ている。
自分はここにいていいのだろうか。
みんな自分に気づいていないようだし、もういっそのこと帰ってしまった方がいいんじゃないだろうか。
そんな自己卑下を孕んだ声が直接聞こえてきそうなほどに曇った表情のまま、それでも蒼真はその場にただ座っていることしか出来なかった。
しかし、そんな蒼真に一人の少女が近寄る。
「君はどうする?」
「……香菜先輩」
後ろから聞こえる優しい声に振り向くと、そこには香菜がいた。
「君の今日のノルマはクリアできた。だからこのまま帰ってくれてもいいし、私たちの仕事を手伝ってくれてもいい。私としては、このまま残って一緒に仕事をしてほしいんだけど……どうする?」
まるで母親を彷彿とさせる、暖かい声。
それは一緒に仕事をしてほしいと言いつつ、断っても咎められないと断言できるような安心する声だった。
しかし蒼真は一瞬考えこんだ素振りを見せた後、首を横に振る。
「仕事……させてくださいっ」
蒼真の勇気を振り絞ったようなその一言に、香菜は満面の笑みを見せた。
「ありがとう。じゃあ、こっちにおいで。一緒に仕事をしよう」
「は、はいっ」
蒼真は手を引かれるまま、香菜の後をついて行く。
かくして新体制となった生徒会は、なんとか新しいスタートを切ることができたのだった。
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