第2話 突然の勧誘

「――君、生徒会に入ってみる気はない?」

「生徒会……?」

「そう、生徒会」


 机の上に置かれたのは、“生徒会加入申請届”と書かれたプリント。

 優はそれをまじまじと見つめながら、思考をグルグルと回転させていた。


(ん? んん? ど、どうして俺が生徒会に誘われてるんだ……?)


 和紗の突然の来訪。

 好きな人に名前を覚えられているという事実。

 そして、そんな彼女からの生徒会への勧誘。


 度重なるショックに耐えきれず脳がパンクしかけていると、和紗は優の疑問を見透かしたように言葉を続ける。


「この学園の生徒会は、会長がその他生徒会役員を任命する仕組みでね。私が直接佐伯くんのところに来たのはそういうことなんだ」

「そ、それは分かりましたけど、どうして僕なんかが……?」

「『僕なんか』って卑下する必要はないと思うけどね。何せ君は青鸞学園の新入生代表挨拶を務めたんだから」


 青鸞学園の新入生代表挨拶は、入学試験の成績が一番いい生徒が代々その役を担うことになっている。

 つまりその役目を任された優は、新入生の中で最も頭がいいと言っても過言ではなかった。


「青鸞学園の入学試験は、日本でも類を見ないほどの難易度の高さを誇っている。それを首席で合格するくらいなんだから、君はきっとただ頭がいいだけじゃない。全てを知っているわけではないけれど、それでも私は君の能力を高く買っているの。だから、是非とも生徒会に入ってほしいと思って」

「生徒会に……」

「もちろん無理にとは言わないよ。生徒会の仕事は激務だから、嫌なら断ってくれて――」

「やりますっ!」

「えっ?」


 言葉を遮る優の返事に、和紗は素っ頓狂な声をあげて戸惑いを見せる。


「ほ、ホントに? そんな二つ返事でOK出しちゃって大丈夫?」

「大丈夫です! 僕が学園の役に立てるなら是非とも立ちたいですし、この青鸞学園……日本一と言える学校の生徒会の仕事にも興味がありますから!」


 ツラツラと最もらしい理由を並べていくが、全部嘘である。

 この男、今は和紗のことしか頭になく、彼女との接点を作れるならと目をキラッキラに光らせながら脳死で言葉を連ねていた。


 その様子を目の前で見ていた和紗は一瞬だけ呆けていたが、その後ホッとしたように微笑んだ。


「えっ?」

「気にしないで、こっちの話だから。ならとりあえず放課後、時間あるかな? 今日中に申請届を作って、他の生徒会メンバーとの顔合わせもしたいんだけど」

「放課後は特に用事はないですけど……」

「よかった。じゃあ放課後、生徒会室に来て。中央階段を四階まで上がった目の前にあるから」

「分かりました」


 和紗との会話を務めて滞りなく終えた優だったが、頭の中には先ほど和紗が発した意味深な言葉と儚げな笑みがこびりついて離れない。

 問いただそうにも気が引けて、ついに言及することが出来なかった。


「あのぉ……会長? 出来れば俺も生徒会に入りたいなぁなんて思ってるんですけど……」


 その隙を狙って、優のすぐ側で話を聞いていた弘毅が踵を返した和紗の背中に言葉を投げかける。

 和紗はそれに反応して振り返るが、申し訳なさそうに苦笑した。


「ごめんね。誰でも彼でも生徒会に入れる訳にはいかないから」

「あっ、やっぱりそうですよね……」


 呆気なく振られてしまった弘毅が複雑そうに言葉を漏らす。

 反対に優の生徒会電撃加入でざわついていたクラスメートは、弘毅の落ち込む様子を面白がって指差すのだった。



           ◆



 ――入学式後のホームルームを終え、放課後。

 優は和紗との約束通り、四階にある生徒会室前へと足を運んでいた。


(ここが生徒会室……青鸞学園全生徒の代表、精鋭が集う部屋……)


 青鸞学園は、その偏差値の高さから日本トップの学校と言っても過言ではない。

 一般生徒ですら日本の全高校生の上澄みだというのに、この扉の先にはさらにその上澄みが待っている。

 一体どんな人たちなんだろう、と身構えずにはいられなかった。

 しかし、そんな上澄みたちを待たせるわけにもいかない。


 優は深呼吸をしてある程度緊張を和らげると、生徒会室の両開き扉を三回ノックする。


「失礼します!」


 気合い入れも兼ねて大きく声を上げながら、優は扉を力強く押し上げた。

 その先には赤い絨毯の敷かれた大きな部屋があった。

 目算でも普通の教室の二倍の広さはあるだろう。


 最奥の会長席に和紗がいて、和紗の側には小柄な女子生徒が立っている。

 部屋の中央から少し右にずれたところに置かれている大きなテーブルでは、和紗よりも体躯の大きい女子生徒がソファに座りながら書類を作成していた。


「来たね」

「会長、あの男子生徒が先ほど仰っていた佐伯優ですか」

「うん、そうだよ」


 和紗と言葉を交わした小柄な女子生徒は睨みにも近い視線をこちらに送り、つかつかと近づいてくる。

 そうして目の前までやってくると、彼女の猫目が鋭い眼光を放ちながら、まるで値踏みするように粘っこく優の体を這った。


「なるほど、アンタが……」

「あ、あんた……?」


 あまりの威圧感に優は顔を強張らせていると、書類を作成していた女子生徒がやれやれといった様子で口を開く。


「さっきもそれで新入生を怖がらせたっていうのに、君は懲りないねぇ」

「懲りるとか懲りないとかそういう話じゃない。会長の側に置くにふさわしい人間か、ここで判断しないと……」

池鶴ちづる、それは私の“人を見る目”が信用できないってこと?」


 和紗が不機嫌そうにジト目を見せる。

 池鶴と呼ばれた女子生徒はそんな和紗を見て、先程までの威厳のある表情をだらしなく崩して動揺を見せた。


「い、いえ! そういうわけでは……!」

「じゃあ、もうその品定めをやめて」

「……分かりました」


 和紗に怒られ、しょんぼりとした様子で帰っていく池鶴。

 確かに怖かったが、和紗のためを思っての行動と考えると少し可哀想にも思えた。


「怖がらせちゃってごめんね」

「あ、いえ。その……大丈夫なんですか? だいぶ落ち込んでるように見えますけど……」

「いいのいいの。いつもこんな感じだから、気にしないで」

「会長の私に対する扱いがひどい……」


 ……どうやら、そこまで怖い人でもなさそうだ。


「よし。じゃあ全員揃ったことだし、早速自己紹介と行こうか。隅にいる君も、こっちにおいで」


 和紗がそう言って、優の右側に視線を移しながら手招きをする。

 優は誰のことを言っているのか分からず小首を傾げながら和紗の視線を追うと、すぐ右隣に陰鬱な顔をした男子生徒が俯いて立っているのを目の当たりにした。

 あまりにも気配がなかったので、思わず体をビクッと震わせてしまう。


「おぉっ、ビックリした」

「あっ、えと、その……すみません……」

「いや、君が謝る必要はないけど……とりあえず、行きましょう」

「は、はい……」


 同じ一年生か、はたまた先輩かが身なりから分からなかったため一応敬語を使っておく。

 怯えた様子の男子生徒と一緒に、優は和紗に促されてソファに腰を掛けた。


 その正面に和紗をはじめとした女子生徒三人が腰を下ろすと、和紗は仕切り直すように胸の前で手をパチンと合わせるのだった。

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