クール系なのに笑顔の可愛い生徒会長。孤高の女神様のはずが、なぜか俺の前でだけ弱くなる。
れーずん
第1話 女神様との邂逅
――一人の女子生徒が、講堂の壇上に上がる。
腰まで一直線に流れる、ライトに照らされて黒光りした髪。
クールで凛とした雰囲気を醸しつつも、すべてを包み込んでくれそうな温かみのある顔つき。
女子にしては少し高めの身長に、出るところは出て引っ込むところは引っ込むという、並の女子高校生らしからぬプロポーション。
そして何より……
「おはようございます。生徒会会長の
……和紗の浮かべた笑みに、講堂が大きく沸いた。
「会長が笑った!!」
「可愛すぎる……」
「会長の笑顔の破壊力やば……」
男子の歓喜する声はもちろんのこと、女子でさえも大きく感嘆の声を上げてしまうほどの美しい微笑は生徒のみならず、彼らを取り囲んでいる教師すら自らの職務を放棄してしまうほどの魅力を有していた。
そして新入生の中で和紗の言葉を聞いていた彼――
「綺麗だよなぁ、“女神の微笑み”」
喧騒の中から不意に呟かれた男子生徒の言葉で我に返った優は、聞き慣れない名称らしき言葉を怪訝に思い、咄嗟に声をかける。
「“女神の微笑み”って?」
「えっ、知らないのか? いま壇上に上がってる生徒会長の笑顔の通称だよ。慈愛に満ちて、それでいて神秘的だろ? その笑顔を見た人誰もが、それだけで幸せな気持ちになるから“女神の微笑み”って言われてるんだ」
「幸せな気持ちに……」
教師たちがようやく自分の職務を思い出して生徒たちを宥めている中、今度は壇上で困ったような笑みを浮かべている和紗をもう一度見つめなおす。
先ほどの澄み切った笑顔ではないにせよ、その笑みはとにかく可憐だった。
生徒たちの暴走に戸惑っているというよりかは、その有様をやれやれといった様子で見守っているようでどこか母性を感じさせる。
けれどそれは年相応のあどけなさも滲ませていて、まさに子供から大人へと歩もうとしている女子高校生の神秘を見事に体現したような美しい笑みだった。
こうしてよく見ていると、彼の説明に含まれていた慈愛や神秘的といった言葉にも頷ける。
見た人が幸せになるのもまさにその通りで、現に優はいま何とも言えない幸福感で満たされていた。
その恍惚な表情を横目で見た男子生徒はフッと笑みを漏らす。
「見ない顔だな。俺は
弘毅の声で再び我に返った優は改めて彼をしっかりと視界に入れ、意識を向けた。
「佐伯優。まぁ、他の中学校から入学してきたから、確かに見慣れないかもな」
「へぇ、珍しい……ちなみにどこ中?」
「
「北海道から来たのか……知らないな」
「だろうな」
予想通りの反応たちに、優は小さく笑み崩れる。
それもそのはず、ここ私立青鸞学園は中高大一貫の名門校だった。
日本に住んでいる人なら一度は耳にしたことのある有名校で、過去、政財界で活躍する卒業生を多く輩出している。
由緒正しき家柄を持つ子女が、その血筋を以てして通うのが大多数の青鸞学園。
それに対し外部受験を受けて中途入学する生徒、いわゆる外部生はほんの一握りしかいない。
そんな高嶺の花とも言えるこの学園と、偏差値の低い田舎町の小さな学校では接点があるはずもなかった。
「コラッ! そこも私語を慎みなさい!」
とうとう先生に注意されてしまい、体をビクリと跳ねさせながら肩をすぼめる優。
弘毅に至っては悪びれもせず、苦笑を浮かべてただ頭をボリボリと掻くだけだった。
「まぁ、とにかくよろしくな。俺は中学の頃から会長を見てきてるから、気になったことがあればなんでも聞いてくれ」
「うん、よろしく」
先生に注意されたことを気にしてか小声で、けれどどこか誇らしげに胸を張る弘毅を尻目に言葉を交わすと、優は壇上で再び話し始める和紗をじっと見つめる。
その心の中では、淡く燃えるような恋心が静かに産声をあげたのだった。
◆
「……決めた」
「ん?」
入学式が終わり、自教室にて。
優がそう呟くと、前の席に座っていた弘毅が頭に疑問符を浮かべながら優の方へ振り返る。
すると優は勢いよく座席を立ちながら拳を上に突き上げ、声高らかに宣言した。
「俺、会長に告白するっ!!」
その大声に、さっきまで騒がしかった教室が一瞬にして静かになる。
基本外部生は家柄の劣りから内部進学生に下に見られることが多いのだが、それを抜きにしても明らかに異常発言をしている優にクラスメートは「何あいつ……」と、もはやドン引きの視線を向けていた。
「バカバカ! 何言ってんだお前!」
「へ?」
「いいからとりあえず座れ!」
その様子に本人よりも早く気づいた弘毅が声をひそめながら優の肩を押して座らせる。
「どうしたんだよ。俺だって別に今すぐ会長に告白するわけじゃないぞ?」
「そんなの関係ねぇよ。いいか? この青鸞学園にはヒエラルキーってのが存在する。要するに、田舎町から越してきた外部生であるお前を、内部生の奴らは平気で見下すんだ。だから下手に目立つようなことはするな」
「わ、分かった」
「それともう一つ、会長に手を出すのはやめておいた方がいい」
「あぁ、やっぱり彼氏がいるのか……」
(そりゃそうだよな。あんなに綺麗な人、誰かと付き合ってない方がおかしい)
弘毅の言葉に優は肩を落としかけるが、その前に弘毅が首を横に振る。
「いや、むしろその逆だ」
「逆?」
「今まで何人もの男子が会長に惚れ込み、そして告白してきた。低く見積もっても三桁はくだらない。でも会長は誰の告白も受け入れなかったんだ。もちろん、会長が誰かに告白したこともない」
「それは、どうして……?」
「それは俺にも分からない。IT企業の社長の息子とか、成績優秀で顔もイケメンな先輩も会長に告白したらしいけど、見事に全部玉砕したって。それだけ告白されてたら、一人くらい会長好みの男子がいそうなのにな」
それだけじゃない、と弘毅が話を続ける。
和紗はその温和な見た目に反して孤高の存在だった。
和紗は誰かと深く関係を築くことはない。
それは異性だけでなく同性もまた同じで、生徒会会長として活動している以外はいつも一人でいる。
実際には昼休みになると姿を消してしまうので、「一人が好きなんだ」と和紗が周りに言っていることから一人でいること自体は分かるものの、どこにいるかまでは分からなかった。
だから会長としての和紗の顔は学園に広まっているものの、プライベートの、一人の女子高校生としての和紗は誰も知らなかった。
「お前、さっき会長のことなら何でも聞けって……」
「それはほら、言葉の綾っていうか?」
どちらにしろ、優がアタックを仕掛けたところで無駄なのだ。
彼氏がいないとて、和紗と付き合うことがとてつもなく難しいことに変わりはない。
田舎上がりの外部生に、誇り高き青鸞学園の生徒会会長を堕とすことなど、もはや無理に等しかった。
弘毅の説明を粗方聞き終えた優は、ようやく自分の置かれている現状を理解し始め、思わず瞳を伏せてしまう。
だが、その内に灯る恋心が消えたわけではなかった。
「それでも、俺はどうにかして会長とお近づきになりたい」
「ムリムリ。普通の生徒じゃまともに会話することさえできないんだ。いっそ生徒会に入るくらいのことをしないと、会長とお近づきになんて……」
優のあまりに無謀な発言に弘毅が肩をすくめると、同時に教室の引き戸が開けられる。
そこから「失礼します」と、耳馴染みのいい声を響かせながら一人の少女が入ってきた。
その少女へ、クラスメートの視線が一気に集まる。
「会長だ……!」
「こんなに間近で見られるなんて……!」
「それにしても、どうしてここに……?」
教室に入ってきたのは和紗だった。
綺麗な姿勢を保ちながら黒髪をたなびかせて歩くその姿はまさに女神。
さらに例えて言うならば、日本神話に登場する神々の母イザナミのよう。
優は突然の会長の登場に驚くことすら出来ず、その美しい様にただただ見入っていた。
しかし和紗がこちらへ近づいてくるのと比例するように、段々と理性を取り戻していく。
そうして目の前にやってくると、優が疑問の声をあげる前に和紗が口を開いた。
「君が、佐伯優くんだね」
和紗が優を名指しすると、教室がより一層騒がしくなる。
「ど、どうして僕の名前を……」
「どうしても何も、入学式の時に『新入生代表挨拶』をしてたでしょ? 入学式の準備で連日佐伯くんの名前を見てたから、もう覚えちゃったよ」
苦笑を浮かべる和紗に、優は胸の高鳴りを抑えられずにいた。
(会長の笑った顔可愛い……。ダメだ、弘毅とは普通に話せていたのに、会長を前にすると心臓が……)
緊張で笑みすら返せない優。
どう言葉を返せばいいのか分からずにただただ固まっていると、その様子を見かねた和紗が申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「ごめんね、急に押しかけて。実は、折り入って佐伯くんに頼みたいことがあって来たんだ」
「頼みたいこと……?」
優が頭に疑問符を浮かべると、和紗は脇に抱えていたクリアファイルから一枚の紙を取り出して優の机に置く。
そうして、薄っすらと笑みを浮かべながら言うのだった。
「君、生徒会に入ってみる気はない?」
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ここまでお読み頂きありがとうございます!
いよいよ新作が始まりました!
今回は初めて三人称一元視点に挑戦してみましたがいかがでしたでしょうか?
もし少しでも「面白い!」「和紗が可愛い!」と思って頂けたら♡やフォロー、☆☆☆を押して頂けると嬉しいです♪
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