第2話 野犬
その日、僕は会社から帰って遅い晩御飯を食べた後、いつもの臨海公園に釣りに出かけた。公園の中央付近に埋立地と本土をつなぐ橋が架かっている。その橋から漏れる明かりに魚が集まるので、ここも有望な釣り場の一つであった。公園に着いた時には橋の下のベストポジションで先に釣っている人がいたので、僕はしばらく別の場所で釣っていた。深夜になって先行者が引き上げたので、その場所に入る事ができた。
その日は大潮で埋立地と本土の間の水路を潮が川のように流れており、良い雰囲気であった。暫く投げているとヒット、体長45センチくらいのシーバスを釣ることができた。きれいな銀色の体の魚だったので久々に持って帰って食べようと思い、僕は釣ったシーバスを持参していたレジ袋に入れた。その後も釣りを続けて同じくらいの大きさのシーバスを更に2匹追加。後で釣った魚はリリースした。そのうち、アタリも遠のき、眠くもなってきたので、引き上げる事にした。午前2時ごろであったと思う。その頃には公園にいるのは僕だけになっていた。
原付スクーターを置いている公園の入口に向かおうと歩き出した時、僕の前に犬が現れた。茶色っぽい毛色の中型犬だ。その犬に続いて、別の犬がどんどんやって来た。あっと思う間に、犬は10匹くらいの群れになった。犬種はバラバラで、あまり大きな犬はいない。なんかスピッツみたいなのや、耳の垂れた愛玩犬のような小型の犬も混じっている。みんな野良犬なのであろう、薄汚れた毛並みをしている。犬たちは僕を半円形に囲むとワンワン吠え出した、ウーと唸っているやつもいる。
山の中や大きな河川敷ならともかく、ここは都市部である。5分も歩けば、団地やマンションの立ち並ぶ住宅地なのだ。それなのにこんな野犬の群れがいるなんて。全く予想のつかない展開であった。深夜で周りに人はおらず、最悪、犬に襲われて噛まれるような事態になりそうで、恐怖が沸き上がってきた。
どう対応すればよいのだろう、と必死に考えた。熊に会ったら死んだふりをすれば良いというが野犬にも通用するのだろうか。持っていた釣り竿を振り回して反撃する事も考えたが、結構いい値段がする竿なので、傷がついたり折れたりしたら大変だ。それに、こんなにいたら正面の犬を脅しても、別の犬に回り込まれて攻撃されるかも知れない。
野生動物は目を合わせると襲ってくると聞いた事があったので、まずは目をそらして下を向いた。その時、ふと思いついて、持っていたレジ袋を下に向けて、魚を足元に落とした。犬の目が落とした魚に向けらたように思えたので、ゆっくりと後退して、その場を離れる。すると犬たちは思惑通り、魚の回りに集まって、こちらを追ってこない様子だ。走ると追いかけてくるという話も思い出したので、駆け出したい気持ちをこらえて、静かに速足で歩きながら、犬のいる場所を離れて、遠回りに公園の出口にむかった。犬の吠え声は相変わらず聞こえていて、いつこっちに向かってくるかとビクビクしていたが、幸いそのまま無事に原付スクーターを停めていた場所にたどり着けた。竿やタモ網を収納する間も惜しんで、そのまま足元に挟んで原付を発進。少し走って住宅地近くのコンビニの駐車場まで行って、釣り具を片付け、やっと一安心であった。野良犬たちがあの魚を食べたのかどうかは分からない。結構おいしそうな魚ではあったのだが。
その後、埋立地の南側、まだ造成中で空き地がたくさん残っている区域を原付で走っているとき、この時のやつだと思われる犬の群れが、空き地の草むらの中でたむろしているところを二回くらい目撃した。団地などで飼われていた犬が捨てられて、集まった群れのようであった。本土から橋を渡ってやってきた犬もいたのかも知れない。小型犬も混じっており、元は皆、飼い犬であった事を思うと少し不憫に感じた。集合住宅の自治会などでも問題にされたようで、僕の住んでいた団地の掲示板にも野犬注意の張り紙が掲載されていた。そのうち、駆除されたのだろう、数カ月後には一匹も見かけなくなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます