釣り場で出会った奇妙な出来事

堂円高宣

第1話 夜の子供たち

 僕の趣味は釣りである。主に海のルアー釣りをメインに行っている。釣りを始めてからもう20年近くになる。とは言っても下手の横好きの類いで、いつまで経ってもあまり上達しない。これは僕がよく釣りにいく場所で、実際に遭遇した少し奇妙な出来事の体験談だ。


 僕はある地方都市に住んでいる。都会と言っても良いくらいの規模の街で、海岸を埋め立てて造られた住宅地にある集合住宅が僕の住居だ。家から5分くらいの距離に臨海公園があって、そこが僕の主な釣り場である。


 最初の話はもう10年以上昔の事だ。その頃、僕の釣りは夜釣りが中心であった。メインターゲットはスズキ、海のルアーの世界ではシーバスと呼ばれている魚だ。この釣りは夜の方が効率がよい。周りが暗くなると海面を照らすライトの明かりに小さな生き物が集まってくる。そして、それを捕食するシーバスのような魚たちも集まってくるからだ。


 臨海公園には明かりも多く、特に公園に隣接する船溜まりにはナトリウム灯が等間隔で設置されていて強い光で海面を照らしている。船溜まりに沿って幅3メートルほどの波止が伸びている。外海側には柵があり、内側には港湾で作業するはしけなどの小型船舶が係留されている。波止は途中で「く」の字に曲がっており、係留されている船舶に遮られて、根元から先端を見通す事はできない。


 僕はその波止の根元にあるナトリウム灯の下で釣っていた。柵越しに外洋の方に向かってルアーを投げていたのだ。季節は真夏、平日だが翌日はお盆休みなので張り切って夜釣りに出たのである。その時の時刻は、もう深夜0時を過ぎていたと思う。普段は釣り人の多い釣り場なのだが、その日はあまり人出がなく、その時刻に波止の根元で釣っているのは僕だけであった。


 水面を照らす明かりと、その外側の暗い部分の境界線あたりにルアーを通すと、何度か小さなアタリが出た。しかし、なかなか魚が乗らない。ルアーを変えたり、探る水深を変えたりして粘って釣っていると、僕の後ろを、野球帽をかぶった小学生くらいの男の子と、その弟であろうか、幼稚園児くらいの子供の二人連れが通り過ぎて、防波堤の先端に向かって歩いていった。


 そこは明かりも多く、柵もあって安全なのでファミリーで釣りに来る人たちも多い釣り場なのだが、時間が時間である。こんな真夜中に小さな子供がいるのは不思議だ。おそらく防波堤の先で、父親が釣っているのであろうが、深夜に子供連れで釣りに来るのは、ちょっと非常識だな、とその時は思った。


 僕の釣っていた場所では結局、魚はヒットしなかった。その内アタリも途絶えたので、場所を変えようと思い、僕は並んだナトリウム灯の下を順番に探りながら、波止の奥側に移動していった。ナトリウム灯を何本か過ぎて、波止が「く」の字に曲がる部分に来た時、「おやっ」と思った。そこからは波止の先端までを見渡す事ができる。まだ何本かナトリウム灯は立っているのだが、その下には誰もいないのだ。波止は先端まで全くの無人であった。少し前に僕の後ろを通り過ぎた子供たちと、その親が奥で釣っていると思っていたのだが…。

 

 あの子供たちは、どこに行ったのだろう。波止の先端は行き止まりで海に囲まれている。停泊している船舶にも、全く明かりは点いておらず静まり返っており、無人であると思われた。ひょっとして海に落ちた?それなら110番に連絡すべきか。念のため波止の先端まで歩きながら、ナトリウム灯に照らされた海面や、係留船と岸壁の間の隙間などを注意深く見ていった。もしも帽子が浮かんでいたらどうしよう、などと思っていたが、遺留品らしきものは何もない。二人いたのだから、どちらかが落ちたら声を出すのではないか。波止から海面まで1メートル以上あるし、落ちたらもがくので大きな水音がするのではないか。でも、声も水音も聞いていない。


 そもそもどんな子供だったのか、考えてみようとするが、はっきりと思い出せず、顔つきも服装もぼんやりとしている。ただ、あの子供たちは、子供が釣りをしているときにありがちな、はしゃいだ様子はなく、無口にしずしずと歩いて波止の奥に向かっていったように思えた。おとなしい子供たちだなという印象だった。彼らは本当にいたのであろうか。考え出すと、それも判然としなくなってくる。


 その場所にいるのは僕一人。聞こえるのはわずかな波音だけで、とても静かであった。僕は、なんだか無性に怖くなってきて、釣りを切り上げて急いで帰宅した。


 それから暫くニュースが気になった。しかし、近所で子供が遭難したとか行方不明になったとかいう知らせは全くなかった。念のため過去のニュースも調べてみたが、あの臨海公園で昔、事故があったと、などという記録も見つけられなかった。子供たちが堤防の奥に歩いていったと思ったのが、錯覚であったのかも知れない。あるいは、明かりの下で釣りに集中していた時に、僕の背後を子供たちが引き返していったのに気付かなかったのか。今、思い出しても釈然としない思い出である。

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