第三話 緊急会議


 俺は走り、逃げていた。社会の窓を閉めるのも忘れて。二足歩行のその物体から逃げていた。


「待てーーーーー、圭介ーーーーー」


 やばい、やばい、やばいこいつはやばい。なぜ俺の名前を知っている? まあるっこい黒い小さな生き物が、その体躯にしては異常なスピードで追いかけてくる。

 やべえよこいつ、俺の全力疾走について来るんだけど!? 

 後ろを向き、相手との距離を測りながら走っている。その時だった。

 ムニュッと、走るため振り上げた手に柔らかいものが当たる。何かにぶつかったことを認識し、すぐさま止まろうとしたが時すでに遅し。勢い余って地面に倒れ込んでいた。


「離れろ、ケダモノめ」


 綺羅星飛鳥の声だった。その声に俺は驚き、猫のように跳び上がる。

 どうやら曲がり角の出会い頭でぶつかったらしい。


「全く……通路を走るなど言語道…………何だ? その可愛らしいものは?」


 綺羅星飛鳥はそう言いながら、俺の後ろにいる珍妙な生き物に目を向ける。よく見るとその生き物はレッサーパンダのような顔で、灰色のまあるい身体と翼を持っていた。


「オラのことか? オラはアクマ! 圭介のだぞ!」


 ヘリウムガスを吸ったような声で突然喋り出した、そのアクマ?? に言葉を失う俺と綺羅星さん。二人で目を見合わせる。


「知り合いか?」


「い、いやぁ、かくかくしかじかでぇ……」


 俺はこれまでのことを話した。すると彼女は顎に手を触れ黙り込む。


「もしや、キミの能力かもしれないな」


「能力……ですか? いや、でも能力の発現は早くてもウイルスを注入してから二十四時間後のはずでは?」


「ああ、そうだ。つまりキミは特異だと言うことさ」


 ポォーーーーーン!!


 彼女の言葉を消化することができないでいると、突然警報が鳴り響いた。


「ブラックボックス32フロア内に異形を検知しました。周りにいる方は速やかに地上、または1フロア内のシェルターに逃げてください。繰り返します………………」


「これってどういう…………」


「わからん、機械の誤作動かもしれない、とりあえずお前は逃げていろ」


 俺と綺羅星飛鳥が動こうとした時だ。俺たちを挟むように天井から隔壁が降りてきたのだ。


「現在、異形と思われる生命体を隔離しました。繰り返しま………………」


 一旦、思考が止まる。隔離、40フロア、隔壁、異形、これらが指すのは....


 こいつだ。俺は先ほど言葉を発した生き物に意識を集中させる。。


「綺羅星さん、もしかして……」


「あぁどうやらキミの生み出したものは異形らしい……これは、厄介なことになるだろう」



 綺羅星さんの予想は的中していたのかもしれない。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「これより、緊急会議を始める」


 どうしてこうなったぁ。円卓の縁を見つめながら、ため息をつき猫のように背中を丸める。俺は今、戦闘課課長、田中たなか勝輝かつきと副課長の綺羅星さん、Evolv本部副部長、田中勝正、その他四名のお偉いさんの七名に視線を向けられていた。


「ハクレイ本部長がいらっしゃらないようですが、大丈夫なのでしょうか」


「お前は黙っていろ、勝輝」


 言い慣れているその口調。そう田中勝正副部長と田中勝輝課長は親子だ。親子関係は……あまり良くないように見受けられる。


「綺羅星くん、例のものを」


「はい」


 彼女のいつもの気高さは感じられない。首輪に繋がれている犬のようだ。


「これです」


 力無く綺羅星さんが円卓の上に茶色い麻袋を置く。すると麻袋がモゾモゾと動きだした。そこから飛び出してきたのは先刻俺を追い回していた灰色の生き物であった。


「うおぉっ、何だこのしけたツラしたおっさんたちは!」


 そう言いながらアクマは首を振り回す…………そして今、俺と目が合った。


「お! 圭介だ! おぅおぅ圭介さんよお、これから何をするんだよぉ」


 アクマは俺の方に擦り寄ってくる。


「く、来るなっ!」


 俺は思わず情けない悲鳴をあげる。それを見て綺羅星飛鳥がクスッと笑った。彼女の初めて見せる姿に衝撃を受ける。俺はどこか和やかな気持ちになると同時に、恥ずかしさが顔に現れた。


「それで、綺羅星くん、説明したまえ」


「はい」


 無機質な声で返事をする彼女。少女のような笑顔はどこへやら、一瞬にして彼女との間に壁が出来ていくようだ。


「検査の結果、この生き物、アクマは成瀬圭介くんの細胞とXウイルスで構成されていることがわかりました。つまりこの生き物は発現者です。もう一人のと言ってもいいでしょう」


 もう一人の……俺? どういうことだとアクマに目で訴える。だが彼は何のけなしに呆けている。


「では何故、異形感知システムが反応したんだ?」


 田中勝輝は当然の質問を綺羅星飛鳥に投げかける。


「結論から言えばアクマくんのXエネルギー濃度が異形と見紛うほど高かったことが原因かと。通常、H物質によって無毒化されたXウイルスが生み出すXエネルギー濃度は、異形のものより劣ります。ですがアクマくんの場合はXエネルギー濃度が異形の比では無いことがわかっています。その原因は未だ、不明です」


「ではこの生き物は異形では無いと?」


「そういうことになります」


 一旦の説明が終わり、場にはアクマが異形でなかったことへの安心感が広がる。俺も内心ホッとしていた。しかし言いようの無いモヤモヤが胸に残る。おそらく俺の能力で生まれたこの生物、アクマ。俺はこいつとどう関わっていけばいいのだろう。複雑な視線で、じっとアクマのことを見つめる。

 

「なるほど、興味深い」


 副部長が重い口を開けた。続けて彼は予想だにしないことを言い放つ。


「そのアクマとやら、Xエネルギー濃度が異形の比では無い。ということだがここはどうだろう、アクマくんをEvolv研究課で引き取り、長期間の間、詳しく検査、解明をしてみるというのは? 飛鳥くん、キミはどう思う」


 その初老は机の上に両腕を乗せて自身の手を握っている。

 綺羅星飛鳥は俯き、数秒の間目を閉じた。


「失礼ですが、それを判断していいのは、アクマくんを生み出した圭介くんだけかと」


 声に気高さが宿っている。どうやら彼女は自ずと首輪を外したらしい。

 彼女の強気な態度にぴくりとも表情を変えない田中勝正副部長。険しい顔から一変、満面の笑みでこちらに顔を向けてくる。まるでホラーのようだ。


「圭介くん、もちろんアクマくんを研究課に預けても良いよね?」


 確かに預けるのはアリかもしれない。その研究によって何か革新的なことが起きるかもしれない。何らかの技術が確立するかもしれない。でも俺は…………自分の手で異形に立ち向かい、いずれは舞花のことを救いたい。いや必ず救うんだ。


「俺はこいつと、いやアクマと、一緒に戦います!」



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「ハクレイくん、計画は順調かね?」


「はい、順調です」


「被験体の調子はどうだ?」


「被験体、の経過は良好です」


 鴉川ハクレイはニヤリと笑っていた。

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