第20話 国王陛下
――――こう言うパーティーってのは、当然ながら原作を読むだけでははかれない。たとえ原作の中の乙女ゲームをプレイしたとしても、事実は小説より奇なりよ。
豪華なシャンデリア、広大なパーティー会場、大勢の貴族たち。
あぁ……本当に目眩がしてくるわ。
「大丈夫か?ミシェル」
兄さんが私を呼ぶ。
「ちょっとくらくらして……」
「無理はしないように」
後ろからルークが支えてくれるのが心強いけれど、いつまでも貴族令嬢に騎士がくっついているわけにもいかないから、ちゃんと立たないと。
「そうよ~、いざという時は休憩室もあるのよ!」
ティルダさまが教えてくれる。
「まぁ、派閥もあるから、行く時は母上かルークさんについてもらってね」
そうグレンが告げる。
侯爵さまは近衛騎士団長として陛下の側についているから、本日のティルダさまのエスコートはグレンである。因みに兄さんは、父公爵のお父さまと。
婚約者がいなかったり、夫が勤務でエスコートできない時は、親類や家族のエスコートとなる。たまにひとがいないと母娘や父子と言うパターンもあれば、カーマイン侯爵家では令息のグレンと母ティルダさまと言うパターンが多いのだとか。或いは……お父さまが弟としてついていくのだそうだ。
まぁ、私の場合は、騎士のルークがついていてくれる。未婚の令嬢なら、己の騎士も許される。
お父さまと兄さん、侯爵夫妻と令息も一緒。今回は昼寝騎士も来てくれる。
「さて、そろそろ陛下に……」
ティルダさまが言いかけたその時だった。
「おい、ミシェル・アンバー!」
誰かが私の名前を呼ぶ。
多分王太子ではないはずだ。
「元平民のお前が何故王城のパーティー何かにいるんだ!」
そう告げてきたのは……攻略対象のひとり、ヘンリック・ペリドット伯爵令息だった。宰相の息子であり、学業も優秀……原作ではそうだったわね。
「何故……とは?ナイトレイ公爵である私の娘として、陛下に共に招待されたからだが?」
その時、お父さまが前に出て、にこりと笑む。相変わらず目が笑っていないけどね。
そして伯爵令息であり宰相の息子である彼は、さすがにお父さまの顔は知っているのか、表情がこわばる。むしろお父さまが一緒なのに、どうして話し掛けようとしたのかしら。それとも何かお父さまを攻略できる手でもあるの……?
「こ……公爵閣下……!も、申し上げたいことがございます!」
先程の私への態度は何処へ行ったのか。途端にへつらい始める。
「……」
お父さまは答えない。それを是ととったのか、ヘンリックはさらに続ける。でも……あれ……?ティルダさまに習ったところによると、家格が下の、さらに爵位も継いでいない令息が、高位貴族の当主にぶしつけに話し掛けていいわけはないし、要求するにしても相手の高位貴族の許しが必要なはず。
同門や縁戚関係があって親しかったり、家同士のやり取りがあれば、直接要求できる関係もあるかもしれない。
少なくとも近衛騎士団長の侯爵さまとお父さまは特殊な表裏一体の団長同士でもあり、さらにはティルダさまが侯爵さまの妻であることで、縁戚関係も深い。だからこそ、侯爵さまがお父さまに何かお願い事をすることは可能だろう。まぁ、侯爵さまは普段お父さまにあれこれ要求したりはしない。精々妻であるティルダさまの話をしたり、グレンがお世話になってますくらいだろう。
そして、そのような関係性ではない……少なくとも、お父さまと宰相閣下に交流があったとしても、ヘンリックがお父さまに軽々と口を利いていい関係とは思えない。
何せヘンリックは初っぱなからお父さまの怒りを買っている。あの目の笑ってない笑みを向けられたのだ。
それすらも気付かず、さらにお父さまの沈黙を是ととった。その沈黙は是ではなく、ヘンリックの更なる醜態を待っているだけである。
堕ちれば堕ちるほど……お父さまの手の内だ。
「その女は、なんとホワイトベル公爵令嬢コーデリアさまを幾度となく貶め、辱しめ、暴言を吐きものを盗むなど……最低な行いを繰り返したのです!これはコーデリアさまから証言を得た、真実です!」
それを……コーデリアから……?
ならばコーデリアはやはり、原作どおり前世の記憶がある転生者か……よほどのホラ吹きとなるわね。
「ミシェル、君はコーデリア・ホワイトベルを知っているか?」
「名前は知っておりますが、会ったことも話したこともありません。平民だった頃は、公爵家のお姫さまに目通りできるわけもありません。そして男爵令嬢として学園に通いはじめてからも……コーデリアさまはずっと学園を休んでいらしたので、私は彼女と会うはずもないです」
よく貴族令嬢が孤児院の慰問をするボランティアを聞くが……コーデリアがあの孤児院に来たことはないわ。むしろあの孤児院は貴族令嬢が慰問することも憚られる孤児院だったのよ。
邸に引きこもって学園にも来ないコーデリアは、普通の孤児院にだって行ったことはないんじゃないの?まさに深窓のお姫さまである。
「そう言うことだ。会うこともなかったのにそんなことを言うとは……そのコーデリア嬢と言うのはたいそうなホラ吹きなのだろうね」
お父さまが嘲るように吐き捨てる。そしてその瞬間、ヘンリックは何かに狂ったように目をつり上げる。
「コーデリアを……悪く言うなぁ――――っ!」
コーデリアを……自分より高位の公爵令嬢を……呼び捨て……?そしてそんな口調は、とてもじゃないがお父さま相手に使う言葉じゃないわよ。
「それに、きっとその女は、アンリ・アンバーを使ったんだ……!あいつはホワイトベル公爵家の召し使いなんだからな!」
ヘンリックの言葉に周囲の空気が凍り付く。ナイトレイ公爵家の嫡男を、ホワイトベル公爵家の召し使い扱いとは。さらにホワイトベル公爵家は兄さんを引き取るにあたってそれはもう感動の慈悲物語を紡いだのに、実際は召し使い扱いをしていたことを、衆目の面前でぶっちゃけられたのである。それにはさすがの兄さんも呆れ顔である。
「いい加減にしないか!このバカものが!」
「ぶへぅっ!?」
その時、ヘンリックが頬を歪めながらぶっ飛ばされた。その頬にめり込んだ拳の持ち主は……。
「やぁ、なかなか愉快なご子息だねぇ、宰相」
お父さまがヘンリックの父である宰相に笑みを向ける。心底愉快そうな、趣味の悪い目であったが。
「何と言う醜態を……!こやつは今日この時を持って、もう私の息子ではない!」
「そんな……父上!?」
驚愕するヘンリック。だがそれも妥当だろう。例え父親が宰相であっても、ヘンリックは国のトップ貴族のお父さまや私たちに喧嘩を売ったのだ。
「早くこやつを連れていけ!」
宰相閣下が怒鳴れば、会場の警備たちが呻くヘンリックを連れ出していく。
「行っとくけど、親としての責任は捨てないでよ?あんなのが国土の上をのさばったら迷惑だ」
お父さまったら。しかしヘンリックの身を伯爵家が責任を持って管理する。管理するためには伯爵家が必要。管理しないのなら喧嘩を売ってきた伯爵家がどうなるか分からない。これは脅迫である。
伯爵家を潰されたくなくば、ヘンリックの後始末には責任を持てと。
「……分かっている」
宰相はそう答えると、連行されていったヘンリックの後を追う。
「さて、仕切り直しだ。陛下の元へ向かおうか」
お父さまが凍り付いた空気を溶かすかのように告げれば、ようやっと場の空気が少し緩む。
そして緊張しながらも国王陛下夫妻の前へと出る。
そこで侯爵さまは、騎士の礼を以て、お父さまに深い謝辞を示した。
「姉を守るのは、当然のことだろう?」
「ふふ、カッコよかったわ」
さらりと告げるお父さまと、にこりと微笑むティルダさま。何だか憧れてしまう息の合った姉弟関係である。
「ま……行き過ぎているやつらもいるようだかな」
「ほんとねぇ」
それは王太子のことか、公爵令息のことか。しかし国王陛下の前でいいのだろうか。
「話には聞いている」
国王陛下……?
「君には苦労をかけた。だが、王太子にも王女にも深く反省させる。公爵との縁談もなしだ」
「公爵……ですか?令息ではなく」
ついつい口を滑り出た言葉に、大丈夫だったろうかと緊張するが、背中からルークが優しく手を当ててくれて、ホッと安心する。
「ぷは……っ、まさか。いや、むしろお似合いか?」
お父さまが笑う。
「お前は……いや、ひとえに私の教育のせいでもある」
陛下が溜め息を吐く。
「あのものに後見人の立場を与えたこと、謝罪する」
陛下は兄さんにそう謝罪したのだ。
「そんな……っ、陛下は……」
それには兄さんもたじたじである。
「いいのだ。当時はまだ彼は、信頼にたる臣下だった。だが、最近の息子たちの言動も、公爵の様子もおかしい」
「そうだねぇ。あの家に対抗するのなら、うちが一番だ」
むしろその縁戚関係もあったから、侯爵さまは私たちを保護してくれた。さらに私情が入っているのかいないのか、養子にまで引き入れてくれたのだ。
最後に陛下と王妃殿下に挨拶をし、私たちは今日一番の務めを終えた。
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