第7話 カーマイン侯爵家


――――さて、これからどうしましょうかね。グレンとの間に沈黙が訪れる。


『あの……っ』

か、被ってしまった……!


しかしその時。カツンカツンと靴音が近付いてくるのに、グレンがハッとして私を庇うように前に出る。


だが暗闇の中から姿を現した人物に、グレンがそっと肩の力を抜くのが分かった。


その人物は赤髪にオレンジの瞳。まるでグレンを成長させたかのような姿に、その正体を悟る。


「無茶をする」

「すみませんでした、父上」

やはり、グレンのお父君。カーマイン侯爵であり、近衛騎士団長オーウェン・カーマインである。


「だが……よくやった。さすがは私の息子だ。お前が黙って彼女を見殺しにしていたら、今頃は勘当していたな」

「……父上っ」

グレンの行動は正しかったことだと、近衛騎士団長も言っているのだ。

この方は……正しい騎士だ。いや、だからこそ、グレンも正しい騎士道を取ったのだ。原作が狂わせた強制力からも抜け出した。そのトリガーは……何だったのかしら。もしかして、私が記憶を取り戻して、王女に抗おうとしたから……?抗う意思が、奇跡を呼び起こしてくれたのだろうか……。


そして近衛騎士団長は、次に私と目を合わせる。


「ミシェル・アンバー嬢だな。君の噂は聞いている。だが噂とは随分と印象が異なるな」

はて……私の噂とは……?

ジョゼフィーナが私を虐めているって噂……?いや、ジョゼフィーナたちが造り上げた私の噂かもしれないわね。しかし……ミシェル・アンバー嬢……何だか違和感のある呼び方ね……?

どうしてかしら……?


「さて、しかしこのような場に長居は無用、陛下からも許可を得ている。ひとまずは侯爵邸に向かう。君もだ、ミシェル嬢」

「ですが、私の騎士が……」

ルークが、別の場所に連れていかれてしまった……!


「そちらは別口で何とかする予定だ。陛下もご存知だから、問題はない。君は私と来なさい。それがあの昼寝騎士の希望でもあるのだ」

ルークの……っ。そして多分近衛騎士団長は……信頼のおける人物だと感じる。

それに、王太子と王女はあんなでも、国王陛下は……この正しい騎士が敬愛の念を向ける相手なら……信じてもいいのかしら……。


それにルークの希望と言うのなら……。私は意を決して近衛騎士団長とグレンと、牢を出て侯爵邸へと向かったのだ。


踏み出す脚の隣には、もうお兄ちゃんはいないけど……でも……私、この世界で一緒に歩いてくれる騎士を見付けたの。だから……頑張るから。

胸にぐっと意思を込めながら、私は歩を進めるのだ。


――――そして王城が用意してくれた馬車で向かったカーマイン侯爵邸は、まさにお伽噺の中の貴族邸である。

さらに出迎えてくれたのは、深い藍色の髪にアイスブルーの瞳の女性であった。


「ただいま戻りました、母上」

グレンのお母さま……!


「えぇ、お帰り、グレン。それから……あなたがミシェルちゃんね。よろしく」

高位貴族の夫人のはずなのに……何だかサバサバしているような印象である。

それでいて、好感の持てる女性……何だか憧れてしまうわね。


「私は侯爵夫人のティルダよ。ティルダでいいわ」

「は……はい!ティルダさま」

いきなりそう呼ばせてくださるなんて……。


「さぁ、話は聞いているわ。どうぞ邸の中へ」

「そうだな」

近衛騎士団長も頷き、私は邸の中へと招かれた。


「まずはミシェルちゃん、あなたの身は我がカーマイン侯爵家が預かります。寮に置いてある私物は既に確認済みよ」

い……いつの間に……!?


「それと……あのワンピースは買い替えます。大事なものかもしれないけど……」

「それは……その」

あれしか着るものがなかったから、大切にはしていたが……。


「私、買い替えるお金なんて……っ」

「侯爵家で出しましょう」


「そんな……侯爵家で出していただく理由が……」

ないわよ……っ!


「あるわ。あなたはアンバー男爵家の血を引く貴族なのよ。つい最近まで平民であったのでしょう。ですが平民でももっといいものを着ています。あそこまで着古す前に、買い替えることができます。ならあなたは国の貴族として、相応しい格好をせねばなりません。その理由が分かりますか?」

「……あ……いえ」

地球でも庶民だったもの。着飾る理由なんて、王族貴族だからとしか……。


「貴族が少しでもいいものを着て、経済を回すのはもちろん、貴族がいいものを着るから、平民はそれよりもちょっと品質が劣っても、いいものを着られます」

この世界のほとんどの国々が身分社会であろう。だからこそ、平民が貴族と同じ格好をするわけにはいかないし、貴族が王族と同じ格好をするわけにはいかないのだ。

だからこそ、貴族が最低限の衣服しか身に付けてなければ、平民は同じ格好をできないから、まともな服を着られないことになる。


「貴族が贅沢をしたり、着飾るのは、平民に最低限の衣食住を営ませるため。そしてその最低限のラインを底上げすることこそ、侯爵領の繁栄に繋がり、ひいては国のためにもなるのです」

なるほど……それが、本来の王族や貴族の在り方か。ただ自分が一番着飾りたいジョゼフィーナとはえらい違いである。


「だからミシェルちゃんも貴族としての最低限の装いを身に付けるのです」

「……っ、分かりました……!ティルダさま……!」

私は侯爵家で、この方に出会えて本当に良かったと、運命に深く感謝した。

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