第6話 騎士の信念


――――勝負はついた。

しかし誰もが息を呑むその太刀捌きに、水を差す声が響く。


「こ……こんなの、こんなの無効ですわ!あなたは決闘に遅刻したじゃない!それに……グレンも加わったのなら2対1!不正行為ですわ!」

ジョゼフィーナが叫ぶ。


「……っせぇな。勝ったのは俺だ。決闘は勝ったもんが全て!それが貴族の決闘だ!だからこそ、俺もコイツらも無罪放免だ」

ルークも随分とめちゃくちゃなことを言っているように思えるが……それもまた、貴族社会であるがゆえの現実。

ジョゼフィーナが影でこそこそと動いたとしても、ジョゼフィーナ側の騎士エルドが勝てばジョゼフィーナが勝ちとなる。

しかし自分が負けそうになったら公平さを求めるとは……どの口が言うのよ。


「わたくしはこの王国の第1王女ですわ!」


「んなことくれぇ、この王国の国民だったらみんな知ってんだろ。ドブネズミみたいな平民だろうが、貴族だろうが!まぁその本性は……知らないだろうがな……?」

ルークがニヤリと笑む。


「わ、わたくしへの……わたくしへの不敬です!」

「知らねぇよ」

つーんとするルーク。まるで子どもの相手をしている大人ね。いや、実際そうなのだけど。


「こ……このっ」

涙で潤むジョゼフィーナ。私が泣いても、何も出なかったって言うのに。泣かしたあんたが涙ぐむの?せこすぎないかしら……?


「グレン・カーマイン侯爵令息!今戻って来るのなら、今日のあなたの裏切りは不問と致します!」

さすがの周囲も、ジョゼフィーナやクズ騎士エルドの行為にはドン引きをしているようで、クズ騎士を一瞬で仕留めた昼寝騎士ルークに立ち向かおうとはしない。


ジョゼフィーナにも影ながら護衛たちがついてるはずなのに、加勢もない。こんなに大々的に決闘を行っているのに蒔いてきたわけではなかろうに。


そしてにっちもさっちも行かなくなったジョゼフィーナは、グレンを再び抱き込もうとした。

しかし……裏切りか。己の信じる騎士道を貫くことを選んだグレンを裏切り者だと言うなんて。


「俺は戻りません」

グレンが迷いなく告げる。


「ふぅん?なかなか根性あんじゃん。さすがは団長の息子だ」

「父をご存じなんですか?」

グレンが意外そうにルークを見る。


「それなりにな」

近衛騎士団長まで知ってるとか……この昼寝騎士、本当に何者なのかしら。

一方で、その場に割り込んできた顔にぎょっとする。


「そこまでだ!」

高らかにそう告げたのは、近衛騎士たちを引き連れて来た王太子アルトだったのだ。ミルクティー色の髪にアクアマリンの瞳。原作通りのいかにもなお伽噺の王子さまだ。しかし……。


「お兄さま、助けて!あの女がこの外道騎士どもを引き連れて、わたくしの騎士を痛め付けたのです!周りのみなも証人ですわ!」

王太子の兄に泣きつくジョゼフィーナの前で、さすがに何も言えない周囲。王太子まで出てきちゃったら……さすがに詰むわよ……!


「何だと……?妹が用意した神聖な決闘をも瀆すとは……本当に救いようがない」

そして予想通り王太子も……コーデリアに狂っているのか、それともジョゼフィーナに狂っているのか。いいや……そうでなくては、他学年とは言えど、ジョゼフィーナが毎日行う儀式を見て見ぬふりするはずがない。まるで絵に描いたような最低な権力者ね。


「ふん……グレン、君には期待していたんだがな。君にもがっかりだ」

王太子が吐き捨てる。兄妹揃って、グレンの正義を否定するだなんて。


「構いません。俺が評価されたいのは、あなたではありません」

グレンは王太子の言葉にまるで怯まずに、堂々と告げる。まるで自分の信念を通すための芯を手に入れたかのように。


「くぅ……っ、彼らを王族への不敬で捕らえよ!」

グレンが自分に見向きもしないことに腹を立てたのか、王太子が命じる。短絡的すぎて目も開けられないわ。


「団長のご子息とあろうとも、致し方がない」

近衛騎士たちがこちらに迫る。


「王太子の近衛の……護衛隊長か」

詳しいのね、ルーク……?いや、そんな悠長なこと言っても……。


「……に、逃げるの!?」

「心配するなよ。城に連れていかれるのなら、お前たちにとっては安心な場所だ」

それはどういう意味かしら……?グレンのお父君がいらっしゃるから……?


「今は無理に抵抗するな。俺を信じろ」

「う……うん」

今は他に頼る宛などないもの。私たちは近衛騎士たちに捕らえられ、城へと連行されることとなった。あれ……待って。ルークは『お前たち』と言ったのだ。そこにルークは含まれていない。


「……ルークっ!」

慌てて周囲を確認しても、ルークは別の……。場所に連れていかれてしまった……!

一緒に牢に入れられたのは私とグレンだけ。彼は別の場所へと連れて行かれたのだ。

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