第3話 昼寝騎士


さて……そうとなれば、騎士探しだ。しかし王女に楯突いた私の味方になるものはいない。

みなが私を腫れ物のように見、守衛の騎士たちも関わらないようにと避けていく。

そんなの……前からだから、気にしないわよ。もう、ただ脅えて泣いてるだけのミシェルじゃないのよ……!


そして本来ならゲームでヒロインに好感度を持つ攻略対象たちも、原作通りコーデリアの味方として好感度マックスなのだろう。

ヘンリックからはバカにするような笑みを向けられるし、グレンは……私をバカにはしないけど、それでもあなたもきっと……コーデリア側だから、ジョゼフィーナの味方よね……。


それでも間に入ってくれたのは……彼には少しだけでも騎士の資質があると言うこと。

だが、私の味方になる理由なんてないわよね。


さらにメイン攻略対象でコーデリアの婚約者であるアルト王太子殿下は、コーデリアを溺愛しているとかなんとか。ヒロインの味方にはなってくれないだろう。


脈絡もなく学園の敷地内を歩いていれば、風の気持ちいい草原に寝転がる男の姿が見えた。

年齢は20代前半、こちらの世界では珍しい黒髪。黒シャツとベスト、すらりとした黒いズボン。さらには……黒手袋。

彼は何者で、何故ここにいるのか。彼の傍らには剣が鞘に納められている。彼は……やはり学園の守衛だろうか……?講師の可能性もあるけれど。騎士向けの授業など、受けたこともなければ見に行ったこともないから、騎士の講師も知らないのよね。

だが……こんなところにいるとは。


講師ならこんなところでぶらぶらしていない。いや、守衛だって昼寝はしていないだろう。けれど学園には守衛の騎士も適度に巡回をしているのである。


しかし……こんなラフな格好の守衛もいるものなのだろうか。しかも巡回の途中で昼寝……堂々と昼寝か。


「昼寝騎士は……ありなのかしらね?」

そう呑気に昼寝を決め込む騎士に呟けば。その瞼の下からすっと、青紫の瞳が現れる。

やっぱり似てるわね。前世ではちらりとしか見られなかったけど、伏線てんこ盛りの新キャラに、彼は似ているのだ。

それから……カラトお兄さんにも。むしろ、だからこそお兄ちゃんが連れてきてくれて、さらには勉強まで見てくれた。……でもやっぱり全然似てない。


「昼寝はいいぞ、何もしなくていい」

そりゃぁそうよ。昼寝してるんだから。

そしてそれは遠い昔に置き去りにした大切なひとに、ちょっと似ているのだ。

確か、誰かの受け売りだとか言ってたけど……少なくとも新キャラは昼寝騎士じゃないわよ。絶対に。


「俺に何か用か」

彼の青紫の瞳が、私の姿を捉える。


「あの時私を助けてくれたのは、あなたよね」

「さぁ、どうだか」

のらりくらりとはぐらかす昼寝騎士。これは本腰をいれないと、ふらふらと風のように逃げてしまいそうだわ。


「あなたには、私の代理騎士として戦って欲しいの」

「……ほう?王女に楯突いたお前のために、俺に代わりに死ねと?」

知っているの……?そりゃぁ学園内で騒ぎになってるし……守衛の騎士なら知ってるのかも。

堂々と昼寝を決め込んでいるくせに、情報はしっかり掴んでいる。なかなか侮れないわね。


「はぁ……面倒くさい。俺はそんな面倒くさいことには関わりたくない。昼寝したい。他あたりな」

そう言われても……。だが、彼はそう言うだけで、無理に私を追い返そうとはしないのだ。この騎士の真意は……違うわ。

これが……勝負の時よ。決して負けられない。


「あなたが戦ってくれなければ私は死ぬわ。そしてあなたが戦いに負けて死んだら私は死ぬ。けど、あなたが勝てば私もあなたも生き延びられる」

「俺はお前に関わらなきゃこのまま一生昼寝をしながらぐーたら生きられる。何故そんな面倒事に首を突っ込まなきゃならん」

確かにその通りだ。だけど……。


「あなたに助けられた、命だからよ」

「……」


「悔しいのよ……!あんな最低な女のせいで、死を選んだ私が……!選ばなきゃいけなかった私が……!だから……っ、助けた責任くらいはとってよ……!」


「……お前は生きることにしたのか」

「そうよ。だから、ちゃんと私と一緒に生きて。私にはもう、あなたしかいないの」

昼寝騎士はゆっくりと身を起こし、傍らの剣を引き寄せる。


「……分かった……決闘の日時は」

「明日の午後3時、学園の第一演習場に集合よ」


「……その時間に行く」

昼寝騎士は立ち上がり、ゆっくりと私を見下ろす。

「えぇ……!」

私はその日、生涯の騎士を得た。


「あの……ひとつ、いいかしら」

「……何か?」

立ち去ろうとする昼寝騎士を見上げ、ゆっくりと立ち上がる。


「あなたの名前は……」

自分の騎士の名くらいは、知っておかなきゃ。


「ルーク・ナハト」

ルーク……ナハト……?どこか聞いた覚えがあるのは気のせいかしらね。けれど、そのままではなかった気がする。まるでアナグラムのような……いいえ、まさかね。


「ルークね。私はミシェル。ミシェル・アンバーよ。よろしく」


「……ふん。よろしくな、お嬢」

ぽすんと私の髪におろされた掌。

何だか子ども扱いされてない……?だけどその掌は……どこか懐かしい感覚を呼び起こさせた。

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