第2話 抗うと決めた日


濡れた服をどうしたものか。

びしょ濡れで寮に戻れば、下位貴族寮の職員たちは嘲笑するだけ。

ここにも王女の息がかかっている。いや、ここは王立の学園だ。王女の息がかかっていない方がおかしいか。


元平民である私には貴族令嬢の部屋は相応しくないと、与えられた部屋は屋根裏部屋。

3着しかない着替えの1枚に着替え、横になる。食堂へ行ったとしても、私が食べるものなどない。

目の前で私の分がほかの寮生たちに奪われて行くだけだ。

元平民には貴族の食事は相応しくないのだと。


「私から見れば……なんちゃってヨーロッパのお貴族さまらしい食事には見えないわね」

日本でよくあった食堂の定食風なのである。

それも当然か。この似通った世界の元夫なったものは、原作小説の中の、日本の乙女ゲームである。まぁ米よりもパンが多いのは、西洋風なのだと感じるが。


夜、少ない味方が部屋の外に置いてくれたパンとスープを引き入れ、口にする。

でも食事を揃えてくれた味方すら、王女にバレればどうなるか分からない。


「……こんな命懸けな生活……いつまで続ければ……」

1年生の終わりの学年パーティー……コーデリアによる逆断罪までだろうか。いや……しかしそれならば、私は本当に破滅してしまう。処刑されてしまう。


私は虐められてきただけで、何もしていない。けれど王女がありもしないことをでっちあげるのだろう。そして王女の言うことだからとみな、信じるしかない。

でも……このままじゃ私、負け続けるのよ。


「そんなの、嫌だわ」

あんな最低な王女に負けるだなんて……!姿さえ見せないコーデリアの意のままだなんて……!


「絶対に、抗ってやる……!」


※※※


――――翌日。

今日もいつもの時間がやってくる。登園した私の前に、煌びやかなドレスを身に纏い、高位貴族令嬢の取り巻きを引き連れたジョゼフィーナ王女殿下がやってくる。


生徒たちは朝こうして校舎の外で、ジョゼフィーナの凱旋を出迎えないといけない。尤も彼女の兄やコーデリアの兄など、高位令息は免除であるが。

下位貴族や中位貴族は逃れられない。本当に、何なのかしら、この儀式。原作にはなかったわね。

そして毎朝これが行われる理由のひとつは、恐らく……。


「相変わらず小汚ないわ。こんな小汚ない小娘が貴族の皮を被って学園に通うだなんて、ほんっとうに不快だわ」

美しい顔をした、金髪にアクアマリンの瞳のジョゼフィーナがほほほと嗤う。

そんなことを言うのなら、何故王族の権力を使って、私を退学にしないの?むしろジョゼフィーナは退学にせず、虐めを繰り返すために私を学園に在籍させ続けているように思える。


「みな、王女である高貴なわたくしの前に、こんな小汚ない格好で現れた小娘に……罰を」

ジョゼフィーナがニヤリと口角を釣り上げたのと同時に、ジョゼフィーナの取り巻きたちが棒や箒を取り出す。


「……ふざけんじゃ……ないわよ……っ!」

パチンと一振。私のビンタがジョゼフィーナの頬を弾くように命中した。

絶対的な力の前に、相手が抵抗もしないと呑気に嗤う、傲慢な権力者。


「な……ぁ……っ」

突然のことで、ジョゼフィーナも取り巻きたちも咄嗟に行動できずにいる。


「アンタ、この国にどんだけ平民がいると思ってるのよ!小汚ない格好で、どんだけ汗水垂らして必死で生きてるか、知らないわけ!?アンタたち王族が呑気に権力振りかざして、ドレス着ながら贅沢できるのは……その小汚ない格好の平民が汗水垂らして稼いだ血税のお陰でしょうが……!」

そんなことも分からないのなら、王族なんてやめちまえ!!アンタに王族たる資格なんてにいわ!


「な……何ですって!?このわたくしに対して、何と不敬な……!」


「私はもう、アンタなんかに屈しない……!」

たとえ王族であろうとなかろうと……!


「わたくしに膝を折らないと言うつもり!?なら……王族への謀反だわ!」

もしもあなたがこの王国の王にでもなったら、私は確実に膝は折らないわね。

むしろ、王国は終わるわよ。


「お待ちください!王女殿下!」

そこに現れたのは……え、グレン・カーマイン!?彼は攻略対象のひとりで、赤髪にオレンジの瞳をした騎士団長の息子で、侯爵令息だ。本来ならば王女の出迎えの義務はなく、王太子の護衛を担うべく控えているはずなのに。

でも同じ1年生だし、1年生の棟にいてもおかしくはないけど……どうしてあなたが、まるで私を庇うように……。

あなたはコーデリアやジョゼフィーナ側ではなかったの……?


「学生同士のやり取りで処刑などを勝手に決めれば、陛下の顔に泥を塗ります!」

「何よ……!このわたくしの名誉が傷つけられたのよ!?お父さまだってきっと賛同してくださるわ!」

それはそれは……たいした愚王ね。


「名誉が傷つけられたと言うのなら、決闘を申し込めばよろしいでしょう。令嬢同士の決闘なら、代理騎士を立てて行われます」

貴族や王族には決闘が付き物だ。思えば原作でも決闘イベントがあったわね。ヒロイン・ミシェルは代理騎士を調達してきても、必ずコーデリア側に叩きのめされた。

しかし考えてみれば、王太子や侯爵令息グレンたちを味方にしたコーデリア相手に、ミシェルの代理騎士を務めるものがいるだろうか……?コーデリアに絶対有利な世界の前に、そんな存在がいるはずないのである。


「ふん……っ。いいわ、代理騎士を使っての決闘よ。この屈辱……っ、徹底的に叩きのめしてくれるわ!わたくしに楯突いたあなたの味方になる騎士などいないでしょうけど……せいぜい足掻いてみせなさい……?決闘を辞退すれば即処刑、代理騎士がいないのならあなたが戦ってもいいけど……結果的にはどっちも死ぬのよ」

王女は嗤う。


「あなたが死ねば、わたくしのコーデリアが幸せになれるのよ」

王女の目的は、悪役令嬢コーデリアを破滅させないためにヒロインを痛め付けること。

そして殺せる口実があればなおのことよしと言うものだろう。

そしてコーデリアを破滅させないために動くと言うことは、コーデリアか、それかその陣営の誰かに原作の知識のある転生者がいると言うことだろう。

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