破滅系ヒロインに転生しました!?~四面楚歌だけど、昼寝騎士と一緒に生き延びてみせる!~

瓊紗

第1話 プロローグ


身体が沈んでいく。ぐっしょりとした衣服の重みが、私を水底へと誘う。春とは言え、水温はまるで凍える冬のように冷たくて。

凍えて感覚が麻痺すれば、苦しまずに逝けるだろうか……そんなことを考えた。


しかし、次の瞬間……。


水面の向こうから腕が伸びてきて、私を誰かが水の中から引きずりあげたのだ。


朧気な記憶の中にある黒い手袋と印象的な青紫の瞳の色だ。それは遠い昔に、地球と言う違う惑星ほしで垣間見た彼に似ていた。


しかし何故彼がここにいるのか。そもそも私を助けたのか。


『――――……』


私を引き上げた彼は一瞬、私ではない私の名前を呼んだ気がした。




遠くで誰かが呼んでいる。ここではないどこか別の世界で。


『大丈夫だ。何があってもお兄ちゃんが守ってやるから。だから、外に出ることを恐れるなよ』


「おにぃ……ちゃん……?」

水面の側の草原で、青い空の下。私を引き揚げてくれた腕のヌシは見あたらない。結局死ねなかった私、ミシェル・アンバーは、前世の……地球で生まれ、過ごした日々の記憶を思い出していた。


「お兄ちゃんは……私の分も、地球で元気に生きているかしら」

それに比べてこの不良妹は、自ら身投げしたのだ。お兄ちゃんにバレたらどんだけどやされることか。しかし優しく頭を撫でてくれたあの手は、もう決して私を撫でてくれないのだと悟り、涙が込み上げてくる。


ひとりきりのこの世界で、私はどうやって生きていけって言うのよ。


――――平民から男爵令嬢へ。このアクアマリン王国にて貴族となったことで、王族貴族の通う学園に入学する。

ピンクブロンドと言う平民らしくない派手な髪色。

そしてアンバー男爵家の血筋を示す証の琥珀色の瞳。

ここまできたらまるで夢のようなシンデレラストーリーだが、前世の記憶を思い出した今となっては破滅一直線のデスルートである。


「普通は悪役令嬢系に転生するのでは……?」

しかし、よくある破滅系ヒロインも転生者であることが多い。

「なんて貧乏くじ……」

さらに運の悪いことに、私はこの世界に似通った、ミシェル・アンバーが登場する原作小説を知っている。


ミシェル・アンバーは【ヒロイン】だ。よくある主人公と言う意味のヒロインではない。その原作小説の主人公はホワイトベル公爵令嬢コーデリアである。

前世やった乙女ゲームの記憶を思い出したコーデリアが、将来断罪を回避するために、婚約者の王太子や本来のゲームの攻略対象たちを味方に引き入れ、悪戦苦闘しながらもら戦うと言う物語。そんな小説の中に出てくるのがミシェル・アンバー。


本来の乙女ゲームのヒロインであり、ゲーム通りのシナリオを遂行してゲームをクリアしようとコーデリアの前に立ちはだかる。


そしてヒロインが攻略しようとする攻略対象は、コーデリアの兄アイザック、コーデリアの婚約者の王太子アルト・アクアマリン、宰相の息子で伯爵令息ヘンリック・ペリドット、近衛騎士団長の息子で侯爵令息のグレン・カーマイン。


さらには王太子アルトの妹王女ジョゼフィーナは乙女ゲームには登場しないが、原作小説のコーデリアに対して好感を持ち、一番の親友となる存在だ。


コーデリア攻略対象たちやジョゼフィーナの協力を得て、ミシェルを逆断罪して見事に断罪を回避、ハッピーエンドを迎えてアルト王太子殿下と結ばれるのだ。

そしてミシェルは処刑されてバッドエンド。

その後原作の中のゲームの隠しキャラとかが登場するけれど、私が死んだ後に登場するはずだ。


まだ1年の終わりの断罪の時でもないのに、何故彼は私の前に現れたの……?

そりゃぁ断罪後に登場するのなら、この世界で元々生きていなければおかしい。しかしながらヒロインと接点があったなんて……そこまで読み込む前に私……死んじゃったからなぁ。


どうして前世の私は死んだのか。肝心なことはまだ思い出せないけれど。


実際に平民から男爵令嬢になり、学園に入学したヒロインの私は、コーデリアの親友であるジョゼフィーナ王女殿下をトップとした派閥により、激しい虐めを受け、学園の敷地にある池で死のうと、身を投げたのだ。


「破滅系ヒロイン……か」

よくあるテンプレの、悪役令嬢に逆ざまぁされて破滅させられるお花畑ヒロイン。けれどヒロインが……ミシェルが歩んできた人生は、とてもじゃないが原作とはかけはなれていた。


「貴族に捨てられた妾の子のヒロインが……どうやってお花畑になれるのよ」

母は貴族との落とし子の私を産んだせいで、再婚もできずに女手ひとりで私を育てた。けれど身体に無理がたたり、還らぬひととなった。


私はひとり孤児院に預けられ、父親が貴族だと知られると、院の職員からも当て付けのように食事を減らされたり、叩かれたり。それを見た孤児院のほかの子どもたちには虐められた。

それでも影ながらご飯を分けてくれたシスターたちのお陰で、何とか生きてこられた。


私は何もしてないのに、貴族の血を引くと言うだけで、平民の、ひととしての最低限の暮らしすら奪われた。


そんな矢先現れたのは父親、アンバー男爵の遣い。孤児院の院長は金をたんまりもらい、私を売った。そのまま私は連れられて、この春学園に入学させられたのだ。


名前だけ、アンバー男爵家の名を、与えられて……。家族もいない、帰る場所もない。そんな状況でも、ミシェルは必死に生きてきた。

毎日生きていくのに必死だった。


原作のように、ヒロイン然と笑うことすらできずに……。


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