百七日後
「……あっ、ハルちゃん。今日もお見舞いきてくれたん。ホンマありがとう」
とある総合病院の個室、
「いや、ええんよ。どうせウチ日中ヒマやし」
「それに、白金さんも、お忙しいでしょうに、本当に済みません」
「い、いえ、職務ですから」
「何が職務や関係あれへんやないか白金。そのセリフ言いたいだけやろ」
「や、やかましいわ」
見舞った者たちと見舞われた女性、それぞれが思い思いの言葉を
「何かね、ずうっと夢見てた」
「――せやね」
「意識はあって、記憶もあって――子供も産まれたけど――私が私じゃなかった気がする」
「――せやね」
部屋の中に再び沈黙の鐘が鳴り響く。その余韻に浸るかのように、全員が窓の外に舞い散る枯葉を漠然と眺めていた。
明奈が自分の明確な意識を取り戻したのはほんの数日前だった。あの家で散々な目に
――そして、明らかに避けている話題があった。
誰もがその結末を知りながら、それぞれの思いと感情が複雑に絡み合い、それを言い出せる者は誰一人としていなかった。
「……なあ、アキちゃん。あの家はもう売っぱらったほうがええで」
その一つを、一条が切り出した。明奈は窓の外を眺めたまま、感情を揺り動かすでもなく、彼女の言葉を受け止め、そして優しく返す。
「うん、そのつもりやよ。あそこには、いい思い出なんてなあんもないもん」
「運が悪かったと思って、また新しいトコで元気にやればええ。あんたの人生は――まだまだこれからなんやからな。産まれてきた子たちのためにも、元気出しい」
「そうやね。ホンマありがとう、ハルちゃん」
そのやり取りを聞きながら、白金は一条が言及した〝あの家〟について、彼女が話しかけてきた内容を思い返していた。
『あんた、ホンマによかったな、何ごともなくて。あれ絶対発狂したやろと思たわ』
『気い失ったとこまでは覚えとるけどな……』
『もしかしたらあの神様が助けてくれたんかもしらんな』
『あの神様?』
『ああスマン、これはアカンやつやった。知らぬが仏、好奇心はあんたを殺すってヤツや』
『それ言われると急に興味が失せる体質になっちまったよ、俺』
『そのほうがええで……それにしても、あの家はホンマやばかったな。結界が二重に貼られた家なんぞそうそうお目にかかれんで……ま、閉じ込めとったモン考えると納得やけど』
『そう言われるとまた興味がでてくるんやがな』
『んで、
『何で俺にキレるんやそこで……自分のウッカリやんか』
『まあ、この消し方っちゅうんがまた、憎たらしいの何の。
『ああ』
『この神様はな、〝
『おい、怖いこと言うな』
『まあ、もう大丈夫や、神様も
『ホンマかいな……』
「……あんたはこれからどうするん」
自分の世界から戻った白金の耳に、穏やかな声で明奈に問いかける一条の声が届く。羽金は横で直立を崩さず、目を閉じて推移を見守っていた。
「……ん。近くでアパート探すよ。あの家には近づきたくない。ハルちゃんからも聞いたし、私もあそこの人たちはホンマ怖くて仕方ないから。それに人が死にすぎやよ、あそこは」
「そのほうがええ。あんたは十分頑張った。これからは心安らかに生きていくんやで」
「うん、ありがと」
「あっ、ハル姉ちゃんだ~! こんにちは~」
「
「うん! あたし、お姉ちゃんになるんやもん。困らせんよ~」
個室のドアを勢いよく開け、自分に向かって飛び込んできた美桜を一条は抱き止め、小さな頭をよしよしと
〝あの家〟での一件が落着した二日後、警察から連絡が入り、美桜が見つかった。
――彼女が保護されたのは、
「広瀬さん、このたびは本当にお疲れ様です」
「ん、君もお疲れ。だいぶあの一条にこき使われとったようやな」
「少しお話したいこともあるので、ちょっと」
白金は広瀬に頭を下げながら声をかけ、一条たちの邪魔にならないように彼を病室の外へと誘い出す。その意図を汲んだ広瀬が
「あんたら待ちい。ちょっとウチ、用足してくる。その間この人たちのことみとってや」
「ん、あ、ああ、分かった」
「んじゃ、あとはよろしゅう頼むで」
「……? ああ、すぐ戻ってこいよ」
そういって一条は席を立ち、部屋の扉をおもむろに開けて――
「……ほんじゃな」
――涼やかな音色で響き渡る
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