七十八日目
以前
それでも俺は諦めずに、八方手を尽くして
「どうも~、初めまして。こちら名刺です」
電話での問い合わせから数日経った今朝、その人を最寄りの駅まで迎えにいくと、三十代の男が大きなスーツケースを引っ張ってやってきた。派手めの名刺には〝
風体は普通の青年のように見えたが、ネックレスやブレスレットなどに
「先生、どうかよろしくお願いします。では家まで案内しますので――」
「よろしく。それにしても軽自動車ですか。少し
そう言って後部座席にスーツケースを積み込み、自分は助手席に勢いよく乗り込む。車体が大きく揺れた所で、俺はサイドブレーキを外して車を出した。
依頼料は前金で三十万、
いわく〝テレビにホイホイ出ているような人は何か怪しい〟とのことだったが、他に色よい返事を貰えた人もいないので、渋々同意した形になっている。
「いや~、それにしても何もないですね。確かここらへんは地域的にみても歴史的にみても大きな戦があった訳じゃないし、ただ土地が古くてそこら中に歴史的遺物が埋まっているってだけで大した霊などはいないはずなんですよね~」
道中、周囲の景色をカメラで動画撮影しながら語りかけてくる彼の声はテレビ映えしそうな張りのある声だった。一応撮影中も声は出していいそうだが、自分のチャンネルで動画素材に使われると聞いて、俺はおいそれと声を出しにくい雰囲気になってしまっている。
もちろん顔が映り込んだりした時はモザイクを入れるなどして配慮してくれるとのことで、
そんなこんなで自宅へ到着した訳だが、その時も最上さんは『へえ、なるほどね』くらいの軽いリアクションだったので、俺は少し拍子抜けした。
「それじゃあちょっと門から入るシーン撮りたいんで、車少し動かして貰っていいですか?」
先生はスマホを片手にじっくりと歩み寄って門の中へ入り、家の全景を映している。そこで俺は石碑がある庭のほうで何かがかすかに動いたのを横目で捉えた。
「あっ」
「えっ、なになに、どうしたんです?」
「あ、いや、あの、あっちに実は昔から
「へえ~。DMでご依頼をいただいた時には聞いてなかったなその話。興味ありますねそれ、撮影させて貰ってもいいですよね?」
「え、ええ。大丈夫だと思います」
俺の許可を半分以上聞いていない雰囲気でつかつかと庭の奥へと入っていった最上さんが、石碑を見た時に『う~わ、こりゃあ雰囲気あるわ』と言いながら動画を撮っていたのを見て、本当にこの人で大丈夫なのだろうかと少し不安になってきた。
さらに何本か動画や写真を撮影し終えた後、ようやく最上さんはスーツケースを引っ張って家の中に上がり込んだ。その時も『は~、なるほどなるほど~』と言ってはいたが、それほど
ちなみに今も少しキッチンの床下から異臭がしているが、部屋をざっと見回った最上さんはそのことを指摘してこなかった。鼻が詰まっているのだろうか……?
こうして彼はクロノア用の部屋を臨時の〝楽屋〟としてスーツケースを広げ、
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そして日が落ちた。
最上さんは
小さめの三脚の上にカメラを取り付け、動画撮影モードで様子を録画し始めた。定点なので俺たちがわざわざカメラの前に躍り出るなどしないかぎりは写り込まないだろう。
本人との最終確認で『問題なく
「……なぁ進ちゃん、あの人ホンマに力あるんか? さっきもキッチンの異状について一言もいわんかったやんか」
明奈が耳打ちしてくるので、俺は『まあ、依頼料は安くないけど唯一きてくれた人だし』と答えて彼女をなだめつつ、本当は自分が一番誰かからお墨付きを貰いたい気分だった。
「さて、お待たせ致しました。ただ今よりこの最上天道が、この家に巣食う悪い霊を退治して皆さんの
明らかに動画映えを狙ったとしか思えないそのセリフ回しには少し
――一時期大流行した、少年誌連載の〝オバケ対死神〟の漫画で、主人公たちが使う魔法の呪文によく似ているような――
「――!? な、なに、何なん、これ……!?」
そして明奈ですら総毛立つような感触に思わず周囲を見渡すほどの反応を見せているのに、
そしてその時、俺は見てしまった。勢いよく燃え立つ炎が作り出す何かの影がまるで人形のように炎の動きとは独立して、壁づたいに動いているのを。それが最上さんに近づいていく、その光景を。明奈は耳を
「み、美桜……? あ、あんまりマジマジと見たら――」
俺はそんな美桜に少しだけ空恐ろしさを感じ、それを自ら打ち消すように言葉をかけた所でいきなりすべての電源が落ちた。ブレーカーが飛んだのだろう、玄関から〝バヂン〟と大きな音が聞こえてきて、それに明奈が『ヒッ』と鋭く反応していた。リビングはまるで
「う、うおあっ!?」
突然、燃え盛っていた
「ゔあ゛……ゔゔ――あ゛……ぷ、ぷにょっ……こひっ――――ヨケイナ――――コトヲ」
腹の底のさらに下から絞り出されたような、そしてどす黒い念のようなものが練り込まれた声が最上さんのほうから聞こえてくる。他に気配はなくその唸り声を発したのはどう考えても最上さんだった。俺の後ろでは明奈が
――そこで、またもや俺の脳髄に鉄槌を下すかのような違和感が襲ってきた。
何故他に気配を感じない……?
「み――美桜はっ!? 美桜はいるかっ!?」
「え、えっ、み、美桜っ!?」
反射的に大声で叫んだ瞬間、家の中に光が戻った。落ちたはずのブレーカーが何故か戻り、俺の視界は一瞬だけ白一色に漂白されたが、すぐに目が慣れた所で自分の周囲を見渡す。
明奈は顔を持ち上げている。涙でくしゃくしゃになった顔が、彼女が抱いた恐怖心の深さを物語っている。だが――部屋の中に美桜はいなかった。
最上さんはちょうど、玄関の所に突っ立っていた。まるで
「ぎゃああああっ!?」
俺は思わず飛び
「み、美桜おおおっ!? どこにいるのっ! ママがいるから出ていらっしゃああいっ!!」
一階をくまなく探し回って見つからなかった美桜を求めて、明奈が二階で走り回っている。だが、何故か俺は、美桜がすでにこの家から姿を消していると確信めいた予感を抱いていた。
――そしてそれはちっとも嬉しくも誇らしくもないことに、当たっていた。
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