六十五日後
このご時世には珍しい〝喫煙可能な〟喫茶店の最奥、その四人席を占める男二人に女一人。彼らは全員腕を組んで、しかめっ面でテーブルの上に置かれたアイスコーヒーを眺めていた。男たちはブラックだが、女性はたっぷりのガムシロップとクリームを投入している。
男のうち一人は
その一条を対面に、白金を右隣に
最初は一触即発だった。
「――パンチが困ったことになった、助けてくれ言うから忙しい中きたったのに、何でこないやかましい女の話聞かなあかんのや。パンチお前、昔からこういう奴らに絡まれるよな」
「いやいや
「おい白金、こないなクソマジメガネ、ウチらの役に立つとは思われへん。時間の無駄やろ」
「何やとこのポンコツ探偵が――」
――と、一事が万事この調子なので、話を進めるのにも
それでも、現在検察に送致されて取り調べを受けている蛍乃香について、情報を持っている羽金の協力は不可欠だ――少なくとも一条からの無茶振りを受けている白金はそう判断する。当然〝法律がすべて〟〝
だから白金は、目の前の検事が大好きなデータを見せて、説得を試みた。一条が調べ上げた一連の事故の被害者リストとその事故の概要、さらに
「――こえんのとおり……か」
被害者の中で、最初期の
「せやからな伊知朗、今俺らが一番気にしとるのは今取り調べを受けとる
「お前の頼みでも聞けんよ、パンチ。俺は検事や。誰かが犯罪をなしたんならその罪を白日の下に晒して裁きにかけるのが仕事や。情報を流すなんぞ天地がひっくり返ってもありえん」
「……しやから言うたやろ、こんな奴に情報なんぞくれても一文の得にも――」
「まして、オカルトなんぞはありえん。俺は詳らかにされた情報と証拠から、必ずこの真相を暴いてみせる。しかしその意味ではパンチ、それに一条――やったか。新たな情報の提供には感謝しておく。証拠にはならんが、状況を類推する材料にはなるやろう」
「伊知朗――」
「さて、色々と情報を入手したが、
半分以上自分の都合だけで会話を押し切った羽金は、スーツのポケットからやにわに手帳を取り出し、何かを書き留め始めた。スラスラ流れるペンを追いかけながら、白金は成り行きを見守っている。一方一条は
「……状況はこんなところか。改めて情報の提供には感謝する。俺もヒマやないから、これで失礼させて貰うよ。パンチ、人付き合いはようよう考えたほうが身のためやで。んじゃな」
自分のコーヒー代を
「……フン、キザったらしいことしくさりよってからに。素直に話せっちゅうんや、なあ?」
「いや、これが伊知朗の最大限の譲歩やろ。あいつはポリシーを曲げてくれたよ」
メモを
「――遺体の切断面は、鋭利な刃物によって瞬時に斬られたと
「こっちのほうがウチには重要やな。出水の手首と足首に紐様のもので縛った痕跡あり、か。しかもその紐まで部屋ン中には見当たらんかったと」
「完全に事件の様相を呈しとるな。それでも蛍乃香さんの犯行とするには……」
「せやな。白金の言うたとおり、出血量があまりにも少のうて、ホノを被告人として立件するには
〝不可能犯罪〟かどうかはさておき、この状況は以前に日下さんが言っていた〝この一連の話を事件とするには致命的な
出血量が少ないのもそうだが、蛍乃香が殺人を実行したとして、手首と足首を縛って自由を奪った後に犯行に及んだのだとすれば、何故それをわざわざ外して証拠を
〝この一連の流れを蛍乃香の犯行と立証するには致命的な
これは、警察や検察には無視できない、無視してはならない重大な事柄だ――そんな思案にふける白金をよそに、一条は音を立ててアイスコーヒーを飲み干しながら二の句を継ぐ。
「あとあのクソマジメガネがここで言及しとらんちゅうことは、ホノには縁が繋がっとらんとみてええんかもしれんな。ちょっと安心したわ」
「……それをずっと気にしとったからな、一条さんは」
「ああ。出水から何ぞ聞かされたかとやきもきしとったで」
一条は
「出水の死亡日時もしっかり
「しやな。これはこれまでの事故と同じ
一条がつまんだ羽金のメモをひらひらと揺らしながら口元を吊り上げる。ではその目的とは何なのか、これまでと出水の一件がどう違うのかは、これからの調査で明らかになるやろ――彼女はそう言って、真面目な視線を白金に向けながら、一つの疑問を投げかけるのだった。
「んで、白金。あんた何で〝パンチ〟なんぞと呼ばれとったん?」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
独身には少々広い間取りで、
「そ、そんな――オカルト、なんぞ――」
――ありえへん。
その男はその言葉を飲み込み、送られてきたメールの内容を見て
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