五十五日目
その姿があまりにも痛々しすぎて彼女たちに声の一つもかけられなかった俺は、ただ黙々と諸々の手続きを進めていった。
死亡当日、言葉とおりに
これまでは俺を避けている素振りを隠そうともしていなかった自治会長代理の
俺は
通夜は自治会が動いて公民館を手配してくれた。家族葬でひっそりと済ませたかったのだが自治会として葬儀を
その通夜で水島さんを始めとする自治会関係者の面々は、俺や明奈から距離を取っていた。自治会長代理として列席しない訳にはいかなかったことは分かるが、露骨に俺たちとの接触を避けようとする姿にはいささか
そしてそんな雰囲気を察したかどうかまでは分からないが、通夜の最中に不可思議な現象がいくつか起こった。まず、玲央の
さらには、焚きとおしのお線香が途中でよく折れた。最近は寝ずの番を立てて新しい線香をつけずに過ごせるよう長時間焚いていられる渦巻き状の線香が主流だが、気がついたら折れて消えていた。
告別式のときにもラップ現象が見られ、不気味な思いを味わったが、火葬場で玲央を
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
玲央は今、俺たちの寝室に組み立てられたコーヒーテーブルの上で笑っている。もう二度と動かない、
「――玲央――」
美桜は自分の部屋でクロノアと遊んでいる。幼い彼女にも玲央に何が起きたのかはうっすら分かり始めているようで、最初『ねえ、玲央は? どこいったん?』と聞いてきた美桜も今はただ黙って瞳に陰を落とし、膝の上のクロノアを優しく
俺も無言で自分の部屋のワーキングチェアに腰を下ろし、集中の切れた目線でPCの画面をただぼうっと眺めている。仕事の依頼が何件か届いていたが〝今はブッキングが一杯です〟とウソをついて断ってしまった。とてもまともに仕事がこなせそうな状態じゃなかった。正直に〝息子が亡くなりましたので、少しお休みさせてください〟と言えなかったのは単にその後の依頼に影響を及ぼしたくなかったからなのか、玲央の死を直視できなかったからなのか、俺は分からなかった。
――それにしても。
葬式会場では色々あった。テレビやネットではよく〝葬式会場にはよくないモノもたくさん集まってくるから怪奇現象も起きやすい〟などと言われているが、実際に自分が体験するまで眉唾だと思っていた。だが、実際に経験してしまった以上、あの類の話には本当の話も一定数存在するということを実感した。
それとも――俺の、いや、玲央のケースが特殊だったのだろうか――
鉛が詰まったような重い頭で、晴れる訳もない疑問の霧を手で振り払うような思考に時間を費やしていると、階下でインターホンが来客を知らせた。明奈は俺にすら反応を示さないのでインターホンなど気にも留めないだろう。俺は階下に降り、インターホンのスイッチを押して誰がきたのか確かめた。するとそこにいたのは、美桜がしばらく見かけないと
「美桜、あのお友だちがきてるぞ」
「え、ホント? わかった。ちょっと今みっともないから顔洗ってからいく」
玄関を出ると、さっきまでどんより曇っていた空から雨がポツポツと降り始めている。傘を取り出して門の所までいくと少しだけ肩を濡らしたのあちゃんが無言、無表情で立っている。
「こんにちは、のあちゃん。ちょっと今ね、家もゴタゴタしちゃっててね……美桜ももうすぐくると思うんだけど――」
今日はあまり遊べないと思う――という言葉を言い出す前に、のあちゃんが右手をまっすぐ突き出してきた。親指だけを折り曲げた数字の〝四〟のポーズを見せ、俺の目を
「ごめん~、お待たせのあちゃ――って、あれ?」
玄関から美桜の声がしたので俺が振り向くと、キョトンとした顔で美桜が首を
「ん? 美桜、どうしたの」
「ねえパパ、のあちゃん、どこ?」
「え――あれ、確かに今ここに――」
美桜の率直な質問に改めて振り向くと、そこには誰もいなかった。歩いていったのではなくそこからこつ然と姿を消した――それほど静かな、気配のゆらぎすら感じさせない――それは
「パパ、ウソついちゃだめだよ~。罰としておんぶしてって~」
「……確かにいたんだけどな」
美桜に後ろから全力で飛びかかられ、俺は情けなくも少しよろめいてしまった。というより美桜が順調に成長していっているということだろうか。
「――
傘をたたんで玄関に入ると明奈が目の下にくまを作りながら立っていた。申し訳無さそうに謝ってくる彼女の肩にポンと手を置いてぎゅっと握り、大丈夫だよとだけ
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます