四十九日後

 雨が降り止まないとある日の夜、白金しろがねは数年ぶりに女性を自宅へあげていた。そのお相手はロマンスめいた話とは無縁の女性――一条いちじょうだった。もっとも、彼女とそんな関係を築きたいと願ってやまない男はいて捨てるほどいるが、一条はその意味で特に手強い女性だった上に、当の白金本人が一条に対してそんな下心を持ち合わせていなかった。


「ほんで、まだ出水いずみの消息はつかめとらんのか」


 酒を飲んでいる一条が不機嫌そうな声色と口調で、白金に問いかける。常人なら泥酔コースまっしぐらの酒量だが、彼女は顔にも吐息にも意識にも酔いを見せないところが恐ろしい――白金はそんな思いを喫驚きっきょうの念とともに抱きながら、その問いを否定する。


 先週の話。白金が自宅で就寝前のルーティンをこなしていた所に、一条から連絡を受けた。


『おい、白金。落ち着いてよう聞けよ。今蛍乃香ほのかから連絡があってやな――』


 ――出水が、蛍乃香に『ちょっと用事ができた』と言い残して別れた後数日連絡がつかず、そのまま消息を絶った。


「――もしかしたら、ごえんが繋がっちまったのかもしれんな。状況が日下くさかと似すぎとる」

「しかしあいつは一連の事故や日下さんの件とは無関係の部署にいたはずやし、一体どこで」

「出水と日下の間に直接何らかの関係はないんか」

「何度か話したことがある程度やと思う。でも日下さん自身、署内では割と名物やからなあ」

「名物? どう名物やったんや?」

「いや、とにかく真面目でね。無断欠勤はおろか遅刻もしたことがないくらい時間に厳しい。あと、徹底した現物主義者マテリアリストにして現実主義者リアリストというのも」


 一条に説明しながら、それと対極の位置にいるであろう出水と日下の仲がそこまで険悪ではなかったことを白金は思い出し、少し不思議に思った。しかし、この二人が行方をくらました今となっては、考えることはもっと他にあると彼はその思いを振り払った。


「何とかして行方が分かればな。ウチのほうも日下が関わっとった事故の方面で色々と謎がつかめてきとるところや。中々おもろいことになっとったで。聞きたいか? 聞きたいやろ?」


 身を乗り出し少しだけ得意げな顔を見せながら返事をうながす一条に、白金は苦笑いをしながら肯定を返す。もっとも〝別に〟と言えばどやしつけられたり不機嫌な声をぶつけられたりで、結局最終的にその話を聞かされることに変わりはないのだから、最初から相手の機嫌を損ねる必要もない――白金はそう考えただけでもあった。


「よぉし、んじゃ教えたるわ。まずこいつを見てくれ」


 一条がポケットから取り出した四つ折りの紙を広げると、そこには見事に達筆な字で一覧が書かれていた。むしろここまでの達筆は白金も初めて見るものだった。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~


 ・ ◯月◯日 上牧かんまき隆偉りゅうい  二十一歳 交通事故 某府H市

 ・ ◯月◯日 河合かわい理依乃りいの 二十歳  爆発事故 某県N市 

 ・ ◯月◯日 香芝かしば彰穂あきほ  十九歳  交通事故 某県I市

 ・ ◯月◯日 三宅みやけ輝美てるみ  十七歳  転落事故 某県U市

 ・ ◯月◯日 川西かわにし康雄やすお  十八歳  交通事故 某県T市

 ・ ◯月◯日 葛城かつらぎ伸之のぶゆき  二十一歳 転落事故 某県O町

 ・ ◯月◯日 筒井つつい貴仁たかじん  十八歳  交通事故 某県G市


 こいつはな、〝ここら一帯で数ヶ月間、事故として処理された死亡者の中で首が飛んでいてそれが見つかっていないと報告されているもの〟を抜き出したモンで、情報源は守秘義務シュヒギムや。余計な詮索せんさくはせんでええからな、先に言うとくで。

 こいつらは事故の発生場所が見事にバラバラやったのと、現場の状況から完全に事故として処理されとった。出血量が少なすぎる、切断面が食い散らかされとったようにボロボロなど、特徴も一致しとったと情報源は言っとった。こうやって一覧にするとヤバイんが丸わかりや。

 さて、ここまでならサルでもできる仕事やけど、この一覧には共通しとることが三つある。どれも聞けば異様な話やから、覚悟して聞きや。

 一つ目、事故発生日はすべて〝仏滅ぶつめつ〟や。あんたもカレンダーで確認してみ。どや、ウチの言うとおりやったやろ。そない目をまんまるにせんでもええやん、アホみたいなツラ晒すな。二つ目と三つ目は。警察のあんた的にも興味を引く情報やと思うで。二つ目、この六人は全員死亡推定時刻が二十三時から翌零時れいじ半の間に収まっとる。全員がやで。えっらい偶然もあったもんやなと思わんか。んで最後の三つ目、こいつら全員同じチームに属しとった。簡単に言や暴走族アホばっかっちゅうやつやな。結構でかい組織みたいでな、こいつらも住んどった所はバラバラ。住所がどこかに固まっとったら手がかりになったんやけどな、残念や。


 ついでに、それぞれの事故の概要でもかいつまんで教えたるわ……そんなんデータベースで調べりゃすぐ出てくる? アホウ、ウチがせっかく情報抜き出して簡単にまとめたったんに、ちっとは聞きいや、な?


 んじゃ上牧の事故からやな。こいつは日下から聞いとると思うけど、県境の峠道下り方面でフルスピードでカーブに突っ込んだ事故やったらしいわ。目撃者が四人もおったちゅう話や。

 次は河合で、こいつは自宅で夜中にコンロを使っとったら外のプロパンガスが突然爆発して窓ガラスの大きな破片が胸に刺さっとったらしい。直接の死因はどうやらそっちらしいけど、しっかり首もわれたような跡だけ残して消えちまっとる。

 その次の香芝は単純で、車を走らせとる時に前を走っとったトラックに思いきり突っ込んで積荷の鉄骨が刺さって死んだらしいわ。そんときに首もガッツリいったっちゅう話やけどな、まあ当然見つかっとらん。

 一番おもろいんが三宅やな。こいつは彼氏ともう一人と肝試しいうてどこぞのダム湖近くへ行ったらしいわ。んで、そこで何があったか分からんが彼氏が運転しとった車が道から転落、ダム湖に落ちたらしいで。その彼氏ともう一人の男は奇跡的に車から脱出して助かったけど、三宅は車ごと沈んでもうて、次の日に溺死できし体で引き上げられたそうなんや。もちろん首なんぞ綺麗きれいさっぱり消えとった。

 んで、川西と葛城は同じ事故で被害にうとった。ただ川西は即死やったらしいが、葛城は後から亡くなったんやと。死因は間抜けや。入院先の病院で、消灯時間後に屋上へ抜け出して煙草たばこ吸っとったら落ちたらしゅうてな、そこにガラス張りの施設があってそこに落ちたときに首がスパーッといってもうたっちゅう話や。ま、切断面はぐちゃぐちゃやったとさ。

 最後の筒井は上牧と似た感じでな、オートバイを転がしてたらスリップして派手にこけた。即死やったらしいけど、首が消えとった以外は普通の事故やったらしいで。


 それにしてもまあよくもこんな短期間にこれだけポコポコ死んどるわ。ウチからしてみりゃ何でこの事故の法則性に警察が気づかんのか不思議なくらいやけどな。まああんたたちは多分物証だ科学だといって、一旦事故と決めたモンには見向きもせんような連中やろけどな。


 ほんで、上牧と河合、あと最後の筒井のケースで判明したことが一つあってな。この三人はどうも死ぬ前に『こえんのとおりくろう』ちゅう言葉を受けとっとったようや。他については今は見当もつかんけど、〝こえん〟は多分〝ごえん〟で間違いないやろうな。んで、この三人がそうやったっちゅうことは多分残りの四人もそうやった可能性が高いと見てええ。つまりな、こいつら全員〝ごえん〟が繋がった結果死んどる訳やな。


 ここまでをまとめた結論としては、今回の一連の話は全部〝事故に見せかけた殺人〟ちゅう可能性が極めて高い、となる。犯人? 犯行手段? 目的? そんなんウチにはよう言えん。しやけどこれだけは確実に言えるわ。犯人は人間やない、どこぞの人外ジンガイや。

 問題は、どこで何をしとる人外ジンガイなんか、取っかかりが何も見つかっとらんちゅうことやな。それさえ分かりゃナンボでも対処のしようもあるわいな。まずはそれを見つけ出す所からや。


 な、聞いとるだけで楽しいやろ?

 え? ちっとも楽しくない?

 何やあんた、つまらん人生送っとるんやなあ……


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「とりま、出水の行方は全力で探しい。ウチも気になっとるんやけどな、蛍乃香がナンボ連絡取ろう思ても既読きどくすらつかへんてのは、やっぱ不安になるわいな――」

「そういや、警察の聴取は受けたんやったっけ、蛍乃香さん」


 白金は新たに炭酸水を、一条は常温になった酒をそれぞれグラスにいで喉をうるおしている。俺の質問は生返事で返されたが、それは何も一条が話を聞いていなかったからでは、あった。あったが、決してそれは不真面目な理由などではなかった。


「――何やて……」


 一条はスマホの画面を凝視して、驚きと怒りがブレンドされた顔をしていた。白金は彼女の様子がおかしいことに気づき、おざなりな対応をされた訳でないと知って居住まいを正した。


「一条さん、何かあったんか?」

「……ああ、ちと一旦帰らなアカン」

やぶから棒にどうしたんや、一体何が――」

「悪いが説明しとる暇はない。今度また状況教えたるから、今は待て」


 二の句を継がせない口調と表情で一条が白金の言葉をさえぎる。これ以上は何を聞いても無駄と悟った彼はかぶりを振り、それ以上の追求を諦めた。


「……んじゃな。あんま出歩くなよ」


 それだけ言い残して一条はジャケットとバッグを乱雑につかむと扉を勢いよく開け、文字通り白金の家を飛び出していった。残された白金は、遠くで鳴り響くサイレンがドップラー効果を実証している様を、なすすべなく聞いているだけだった。

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