三十九日目・承
「これより、第百九十七回、
正装に身を包んだ
その後三つのグループに分けられていた子供たちが本殿前に整列、
「らい~はい~」
やがて
その後も儀は続いたが、流れがほとんど
「――さあ、ここからが見どころです」
隣で観ていた火戸さんが少しだけ俺のほうに顔を寄せ、小声で教えてくれた。どうなるかと見守っていると、ここで始めて三つに分けられたグループが互いに距離を取り始め、それぞれ別の大人たち――きっと
「くろうて~、ゆわえて~、たてまつる~」
「「「くろうて~、ゆわえて~、たてまつる~」」」
成り行きを見守っている所に、
そこから三歳のグループはそれを合計三回、五歳のグループは五回、七歳のグループは七回繰り返した所で、
「ここから、子供たちを分けた意味が出てくるんですよ。まず三歳の子たちですが――」
三歳の子供たちは
三歳のグループが一段落し、
「五歳の組は男児のみです。神様のお力を身に宿すという意味で重要な所です」
じっと見守っていると、
「こ、子供たちを本殿の中に閉じ込めるんですか?」
「そうですね。そこで神様の加護を受け、お力を宿すとされているんですよ」
「だいたいどれくらいかかるんです?」
「そうですね、少なくとも
「なるほど――」
そんなことを話している間にも、
「ひ、火戸さん、あれは一体――」
「あれが今回の
そういって火戸さんは本殿の背後にある山を指差し、笑顔で言葉を継いだ。
「――山の上にある
「えっ!? 夜の山を、ですか? しかしそれは危険じゃ……」
火戸さんのその説明を聞いて、七歳の女の子グループが晴れ着ではなく体操着に身を包んだ理由が分かった。山の中を歩くのなら、晴れ着など着ていては色々まずいだろう……しかし、それにしたって夜中に、子供だけで、女の子が……?
「大丈夫です。道中はしっかり踏み固められた道ですし、子供たちに悟られないよう大人が脇に隠れて見守っておりますから」
「そ、そうは言っても、暗闇が怖くて泣き出す子もいるでしょう」
「もちろんいますし、そういう時はちゃんと大人が出て介抱します」
「な、なるほど……?」
「この儀式も当然意味がありまして、七つになった子は神の子から晴れて人の子として現世に戻ってくるのですから、今まで無事に育ててくれた感謝の気持ちと、今後も親として
「ああ、それってあの童謡みたいですね」
「通りゃんせですか。またそれともちょっと違うのですが、まあ似てなくはないですかねえ。ただ、この〝
火戸さんは、まるで自分が経験してきたかのような口ぶりで楽しそうに語ってくれている。しかしこうして詳細を聞いてみると、なるほどこれは他の地域とは毛色が違うなと思った。
「その唄に出てくる内容がそのままイベントになっていたりして、それも特徴ですね」
「唄に出てくる内容……どこらへんですか?」
「いきはよいよい、かえりはこわい。
「仕掛け……ですか」
何か不吉な予感がしてきた。そして、美桜は来年これをやらなければいけないのか……?
「何、先程いった、脇に隠れている大人たちが、突然子供たちに声をかけるんですよ」
『おまえはどこの何モンや』
『行儀ようせんと帰さんで』
『わりい子は帰さんで』
『返事せん子は食うてまうで』
「――といった言葉を、ですね。細かいところはちょっとアドリブが入ったりもしますが」
「は、はあ……」
「そしてもう一つルールがあります」
七つを迎えるまでは子供は神の子とされ、それまでは神と話ができるとされるが、
なるほど、言いたいことは分からないでもないが、少々子供には刺激が強すぎる気がする。とはいえ、この行事ももう二百回近く催されているし、子供たちは子供たちでそういう情報を事前に聞いて知っているだろうから、そこまでパニックにはならないか――
しかしそうなると、〝返事せん子は食うてまうで〟と
「おんかみさまに~、たてまつる~。われらかみのこ、おやまのこ~。くろうて、ゆわえて、たてまつる~。われらこんにち、ひとのこに~。なりしあとにも、たてまつる~」
そうこう考えている間に、子供たちが一人、また一人と本殿横にあるしめ縄――これは山の結界だ――を潜って暗闇の林道へと姿を消していった。
「ちなみに火戸さん、この〝
「年によってずれますけど、多分二時間もかかりませんよ。その間我々は屋台巡りをしたり、振る舞われる
「え、あっ、玲央、どうしたんだ? 眠いのかい?」
「ちょっとねむい……」
「美桜はどうだ? 疲れたか?」
「ううん~、大丈夫やよ~」
玲央は明らかに眠そうな声をしている。いつもこの時間からウトウトしだしているし無理もない。美桜は何だかつまらなさそうというか、少し心細そうな声と表情をしている。俺は一旦火戸さんと別れ、屋台を巡って美桜たちのご機嫌を直そうと考えた。
火戸さんから『後でもう少しお話があります』と言われたので、自治会の
「二人とも何か食べたいものはないか? 今日はママからも買い食いOKを貰っているから、綿あめでもフランクフルトでも何でも……」
「ううん、あたしなら大丈夫やよ。それよりね、この神社、ちょっとおっかないん。あたし、はよ帰りたいん」
「ん、そうなのか。あのお山に登るのが怖ったか?」
「ううん、ちゃうよ~。この神社のなかがね、さむいのん」
「ふむう……ちょっと薄着過ぎたかねえ」
「ぱぱ、れおねむい~」
「ああ、そうか。もう疲れちゃったか。じゃあおぶってあげる」
玲央は俺の背中で早速船を漕ぎ始めている。あと数分もすればぐっすり寝てしまうだろう。とりあえず俺もお腹が空いてきたので屋台で唐揚げやポテト、焼き鳥といったものを買い――ついでに俺はビール、美桜はラムネを買い求め、空いていた休憩所に座って小腹を満たした。その後少しブラブラと
「ああ、いらっしゃいましたね。お疲れ様です」
火戸さんがヤカンに入った麦茶を湯呑に
「あの、今日は自治会の方々は誰もいらっしゃらないんですかね。実行委員会とかで様子を見回りにいっているんでしょうか――」
「……お話があるのは正にその件なのです。ここでは詳しい話はできませんので、近いうちにお宅へお邪魔させていただいてもよろしいでしょうかね」
「えっ……それは構いませんが……一体どのようなご用件で――」
その問いに、火戸さんは数秒の沈黙と周辺への慎重な目配せで答えた。一体どうしたのか、俺は彼の言葉の続きを待つしかできなかった。
「概要だけお教えします。土田さんは先日、自宅でお亡くなりになりました。私が駆けつけて
「――えええっ……!?」
「さすがに自治会の役員が誰も
土田さんが――亡くなった!?
その言葉を聞いた時、俺は正しく
……数日前に見たあの映像は、まさか、本当に
一体どういう原理であの映像が撮影されたのか、それがどうやって、設置した監視カメラの映像として俺のPCに送られてきたのか――一切が理解不能だった。
「ほっ、本当に土田さん……が……?」
しかし、その映像のことは誰にも言えない。言えるはずがない。明奈ですら信じなかった、
「はい、そこは間違いがありません。ですが問題はそこではなく……貴方がその話を知らず、葬式にも呼ばれない――その事実について、お話がしたいのです」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
俺たちは結局
俺は俺で、火戸さんから聞かされた話の内容に、少なからぬ衝撃を受けていた。土田さんが先日亡くなっていたということももちろんだが、その映像らしきものを俺がここで観ていたことが何よりも不気味で、自治会の面々が参加予定の土田さんの葬式に俺たち家族が呼ばれていないどころか、土田さんの死去を聞かされてもいないことが不穏だった。
明奈にその話をすると〝もう自治会の人たちは何も信用でけん〟と
俺は自分の部屋で仕事をこなしながらそんなことを考え、
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