三十九日目・起
「――今日って、近所の神社で
一つだけよかったのは今日、昨日までのぐずついた天気がウソのように朝から雲一つない、晴れ渡った空と澄み切った空気を迎え、久しぶりに気持ちのいい一日を過ごせていることだ。そんな日にお祭りがあるというのだから、気分も少し上向いてくるというものだ。
「じゃあお言葉に甘えてそうさせて貰おうかな。来年は二人とも
「うん、あたしやってみたい~」
「おくもやる~」
玲央も小さい体を精一杯に伸ばしてバンザイをしながら、懸命に主張している。その様子がたまらなく愛おしい瞬間だった。
「んじゃあ美桜は可愛い、玲央はかっこいい着物を探さないとな~」
「皆でゆっくり楽しんでおいでよ。今日は買い食いダメだなんてヤボも言わんから好きなだけ食べといで。でもホンマに珍しいよね、夜にやる
「確かになあ。しかも普通の
この地域の
「じゃあ、そろそろ行こうか。二人とも準備はできたかい?」
「うん~、はやくいこ~。ママ~、いってくるね!」
「パパおんぶ~」
とにもかくにも、今までの運勢が悪すぎたのかは分からないが、少しずつ上向いてきている気がしている。本当にこの生活が続いてくれたらどんなに幸せなことだろうか。
――俺は心の奥底から、そう願わずにはいられなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
神社の
この神社は
「あら、貴方は――」
屋台をゆっくり眺めていると、背後から女性の声に呼び止められた。振り返ると、そこには見覚えのある人がいる。派手さはないがいかにも中流階級の上層ですといったような雰囲気を
……この方は、引っ越しの翌日の挨拶回りで話をした――
「こんばんは。お久しぶりです、
「こんばんは。すっかりご無沙汰を致しまして」
「
そして隣には
都会に長い間住んでいたらしい火戸さん御夫婦は、二人とも極めて洗練された出で立ちで、言葉は悪いが〝こんな片田舎には似つかわしくない〟とすら思えてくる。
俺は火戸さんにも挨拶を交わし、お互いに名前を交換した。次いで、火戸さんの視線が俺の隣にちょこんと立った美桜と、その美桜に手を繋がれた玲央に向けられる。
「こんばんは、お嬢ちゃん、お坊ちゃん。初めましてだね」
「こんばんは、初めまして~、美桜です」
「れおです」
「うん、挨拶がきちんとできるのは素晴らしいことだね。最近の子供は話しかけても反応すら見せない子が多いですからねえ」
「まあ、そういうご時世になっていますからね。知らない人の挨拶に返事したらダメだとか、目を合わせたらダメだとか」
「僕としては、積極的に明るく大きな声で挨拶や声がけをしたほうがそういった不慮の事態を未然に防ぐ力になると思うんですけどねえ。中々難しい話ですねえ」
といった会話を火戸さんと交わしつつ、開催の時間が迫ってきたので一礼して鳥居を潜り、すっかり祭り模様になっている
面白いのは、他の子たちが晴れ着や
……ということは、美桜が来年この
さて、それはそれとして、
「よろしかったら僕たちと一緒に見物しましょう。この儀式について、僕が知っていることを色々説明して差し上げますよ。無論、ご迷惑でなければですが」
「助かります。右も左も分からない状態で、誰かに頼れるといった状況でもないので――」
「……ふむ。その辺りの話も、後ほど。今はせっかくの楽しいお祭りなのですから、雰囲気を楽しもうではありませんか」
何だか含みのある言い方をされてしまったが、祭りを楽しみたいという言葉に異論はない。俺は彼らご夫婦の先導に任せ、人でごった返す
「さあさあ、こちらです。ここで一緒に見ましょう。結構迫力がありますよ」
火戸さんに連れられた場所からだと、儀式全体がよく見える。見物客が結構多く、観光客と
ドドオン、ドオン、ドオン、ドドオン。
「わあ、すっご~い! 音おっきい~」
「ろおん、ろろおん」
――などというどうでもいい考えは、空気を震わせる太鼓の音とそれに興奮した子供たちの歓声にかき消された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます