三十一日後
必死の捜索活動にも関わらず
「おう、あんた遅いで。ウチもそんなヒマやないんやからな、待たせんなや」
いい趣味をしている――と白金は言いかけて、それを押し留めた。そういった類の言葉は、店を切り盛りしている人に失礼な場合が多いからだ。ただ自分をここに呼びつけた相手がこの店を指定してきたことには意外さを禁じ得ない白金だった。もっと高級感に
ちなみに、〝遅い〟とは言われたが、これでも約束の時間十分前には到着している。
「……今日は非番なんですか、
白金はほんの少し
ブリーチングで色を抜いた金髪に、眉毛もまつ毛も同じ色で、薄く化粧はしているものの、前回会った時ほど気合を入れている訳ではない。にも関わらず彼女の
ただし、
「まあな。というかあんたのことがあったから無理くりシフトを組み替えたんや。ホンマなら今日は
「はは……それはとんだご迷惑を」
「ホンマに迷惑やで。といって
「まあ……それくらいは」
彼がこうして話すのは二回目だが、とにかく一条は物言いがストレートで一切遠慮がない。気持ちのいいくらいにスパっとした性格なのが容易に
「よっしゃ。んじゃ大将、二合、
注文するヒマがどこにあったんだよなどと心の中でツッコんだ白金は、定番も定番のアレを頼んだ。突き出しに
「ここはな、見てくれはショボいけど味は折り紙付きや。ハズレはないから何でも頼みい」
「おいおいショボいはないやろレイちゃん」
「ショボいモンをショボい言うて何が悪いねん。ほらほら手が止まっとる。さっさとだし巻き焼かんかいな」
この場の酒代を払うのが白金なら、店を切り盛りして料理を
産地からわざわざ取り寄せたという希少な魚を焼いたものとか、自家製味噌を使った田楽、他にも色々と料理が出てきたが、それこそ失礼ながらこんな店で出てくるものとは思えない、どれも最高の味だった……白金は素直に感嘆し、行きつけリストに一行書き加えた。
「……あんたのおごりと聞いて調子のって食ってもうたせいで、本題忘れるトコやったわ」
腹と喉がこなれてきた頃になって、ようやく一条が話を切り出してくる。もしかしたら実は飯をたかるのが本来の目的だったのではと、白金は内心不安になっていた矢先の話だった。
「あんた、あの日下って男とは実際どういう関係や」
「……もう自分が警察ってのはバレてるものとして話しますが――」
「ああ、
「……元々あの人は俺の
「まだるっこしい話もええから要点だけ話し。直近はどういう関係やった?」
「……課が違うから上下関係はないけど、時々色々相談したりされたりはしていた」
「ふむ。んじゃ最近、何か相談されたんやな?」
「せやな。はっきり言えば、先月あった単車の単独事故の件から色々と――」
「やっぱそうか。んなこったろうと思ったわ」
酒をグイと飲み干して、おかわりを頼んだ一条が得心した顔で
「んで? 何言われたんや」
「何、とは?」
「あんたはその日下を通じて、余計なモンと縁ができかかっとるっちゅうのは言うたはずや。つまり、日下からあんたに何かが伝わっとるはずや。それを思い出されへんのやったらちいとややこいけど、心当たりがあるならさっさと教えたほうがええで」
「うーん、そう言われても……ほんなら俺が日下さんから聞いた話を順に話す」
「それなごうなる? かいつまんで話しや? 酒代が高うなるで」
白金はその
「……何やて。そのメール、確かに文字化けしとったんやな。ほんで、それを自分が復元して内容を見た……間違いないな」
「あ、ああ。間違いない」
「分かった。んで、その文面に〝ご
「――確かになかった」
「それ以降、文字化けしたメールは?」
「きとらん」
「よし、あんたはまだ大丈夫や。今、まだそのメールはスマホに入っとるんか?」
「ああ」
「んじゃ、そのメール今すぐ消せ。スマホからも頭からもな」
「今すぐ? ここでか?」
「そうや、今ここで、ウチの前で消せ」
白金は少しだけ
「よし、消したな。ひとまずはこれで安心や――といいたいトコやけど、もう一つやっとこ」
そう言いながら、一条は自分のスマホを取り出す。今どきの子らしい派手でゴテゴテとしたデコレーションが施されているが、特に目を引くのが某キャラクターグッズを数多く手掛ける企業主催の人気投票でもう何年も連続でトップを取っている、ゆるふわキャラの人形だった。
「ウチとフレ登録しい。何かあったらいつでも構わん、連絡せえ。絶対五分以内に返事する」
白金は前回一条と話をした際に〝絶対次に会うまでに入れとけ〟ときつく念押しされていたSNSを開け、一条とフレンド登録をさせられた。白金は宗教上の理由で件のSNSをやっていなかったが、一条に押し切られる形でなし崩し的に始めてしまったのだった。
「――今度こそこれでよし、と。んで、これは日下にも言うたことやけど……」
スマホをカウンターテーブルの上に投げ置いて、今や脇においてある一升瓶から手酌で酒を注いでは飲んでいる一条が顔を近づける。その色香に一瞬とまどう白金だったが、それ以上に〝どれだけお酒を飲んでも顔にも息にも出てこない〟一条の酒豪っぷりに面食らっていた。
「忠告したる。知らぬが仏やで。ええか、好奇心はあんたを殺すからな……ああ、せや。あと今後日下から何かメールが送られても絶対に開けんなよ」
「え、どうして?」
「ええから言うとおりにしい。こっちにも
それだけ言って一条は姿勢を元に戻し、また酒を
(
白金はその疑問をそのまま口にはしてみたものの、彼女はぞんざいに返事を返すばかりで、結局何も情報は得られなかった。しかし、一つだけ、白金が思い知らされたことがあった――一条には絶対に、酒をおごると言ってはならない、ということを――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
彼の財布はすっかりと軽くなってしまった。電車に乗り込んだ白金は、ドア近くの壁に背を預けて一条との会話を
そしてそのまま帰宅した彼は熱いシャワーを浴びて汗と酔いを洗い流し、冷やした炭酸水を飲んで喉を
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