二十六日後
各地の防犯カメラや監視カメラ、交通カメラなどが調べられたが痕跡は見当たらなかった。とどのつまり――捜査本部は
「白金先輩、お疲れ様っす。ほい、これ俺からのおごりで」
喫煙ブースで休憩している白金の元に缶コーヒーを持った
「……本当に日下さん、どこ行っちまったんすかねえ」
「俺が聞きたいわ。あんな不穏なモン送ってきて、頼むから無事でいとって欲しい……」
「まあまあ、先輩が落ち込んだ所で何も変わりゃしませんて。どうです先輩、今晩なら二人、都合つくんすよ。一緒に飲み行って気分転換しましょうや」
「お前なあ、こんな時によくそんな気分なれるな。ホンマ
「オンオフはきっちり切り替えんともたん仕事っすからね。今回はかなりのべっぴんさんで、一人は何でも人気ナンバーワンのキャバでトップ張っとるらしいっすよ。行きますよね?」
「……わぁったよ。これ断ったらお前に
「さっすがは先輩、話が分かりまんなあ! んじゃセットしときますんで、六時にここで」
「まんなあてお前……」
呆れ顔の白金を置いて、出水は鼻歌交じりにスマホをいじりながら、署内へ戻っていった。よくも悪くもポジティブでムード作りの上手い出水を、白金は少しだけ
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
出水が今回セッティングした店は、あらゆる意味で女性受けするだろう個室居酒屋だった。俗に言う〝SNS映えする〟メニューの名前やら盛り付けやらで、味の方は大丈夫だろうかと少し場違いな心配をしながら、白金は席についておしぼりを広げていた。
「さっき連絡があって、今向かってるそうなんで、もうちょいできますよ。とにかくかなりのべっぴんさんなんで、口ポカンだけはナシにしてくださいよ、ええですね先輩?」
「お前ね、一体俺を何だと思っとるんや……」
そうぼやきつつも、合コンなんて久々なので、少しばかり緊張している白金だった。
「おっ、きたきた。二人ともお疲れちゃーん!」
「ごめんなさーい、ちょっと電車が遅れちゃって~」
「お待たせしました~! 今日はよろしくお願いしま~す」
個室の
――いや、と彼は訂正する。今自分の真正面に座った女性は、その芸能界でも十分にやっていけるほどの
ただ、その職業病のような観察眼で、彼は一つ気になる所を見つけてもいた。
「……あの、初めまして? 私、
その女性から話しかけられていたことに気づくまで一瞬とちょっとの時間を要した白金は、隣の出水から〝言うた
そこから二時間弱、どんな話をして笑い、何をボケて何をツッコんだか分からないくらいに場は盛り上がった。というより、女性が話題を広げて盛り上げるのが
「――ええかホノちゃん、おっちゃんの話が長くて退屈なんやったら、頭ン中でこう考えりゃ楽しく過ごせるで~……そいつはな――」
「あ~、その話どこかで読んだことあるよ! 確か何やったっけな~、お前の話は長すぎる、一体どこを――」
「そ~そ~! それやで! 何やホノちゃんも知っとったんかいな――」
出水は調子に乗って酒を浴びるように飲み、何だか分からない講釈を垂れながらゲラゲラと笑って自分の目の前の女性と楽しく語り合っている。白金はそんな彼らを
「――あの、そういえば白金さんって、出水さんと同じ職業の方なんですか?」
「ん? 出水は君に仕事何してるて言うてますのん?」
「えっと、法律関係の仕事をしているとは聞いていますけど」
「じゃあ自分もそうですねえ」
「やっぱり! 何だか、色々と
「いやいや、買いかぶりです。本当に自分なんぞ大したこともない……」
そんなことを口走りながら、はにかんだように笑って
「ホノちゃん、謎掛けであそぼ! 整ったらお題だすから〝その心は~?〟ていうてな!」
「え、なになに? その心は~?」
「はやいて! はい、整いました~! んじゃいくで~! 浮気バレとかけまして……」
今どき謎かけとは中々オツなことをやるもんだと白金は半ば感心、半ば呆れで聞きながら、俺はグラスを
「面白いですね、謎かけ。言葉一つ取っても、色々な意味や解釈があるんだなって思います。そんな意味があったのかとか、そういう風に繋がるのかって、思わされますよね」
「そうですねえ。大抵はダジャレみたいなもんやと思いますけど、人によって受け取り方とか読み方とか、そういうのが異なるというんは確かに面白いかもしれません」
したり顔でそんなことを語ると、氷が崩れてカランと音がした。
「その心は~?」
「その心は、どんなに頑張っても完全に直せませ~ん!」
「何やのそれ意味分からん! おもろいけどいややわ~! あたしオバケだめやのん!」
謎かけそのものは聞けなかったが、
「――ねえ、白金さん。出水さんは出水さんで蛍乃香と盛り上がってますし、私たちも少し、二人でお話しませんか?」
「えっ――いや、自分はそういうのは……」
「私が先にお化粧を直しに行きますから、ついてきてくれると嬉しいな。ダメ……ですか?」
「ううん……まぁ……話すくらいなら……?」
「えへっ、振られなくてよかった」
答えに詰まった白金は、助けを求めるように隣の二人へと目配せをするが、当の本人たちは馬鹿騒ぎしまくっててめちゃくちゃ盛り上がってしまっている。
「ホノ、ちょっと私お化粧直してくるね」
「あ~い。そろそろここハケて次いこ次~。この人たちむっちゃおもろいわ~!」
一条さんは蛍乃香さんに声をかけておもむろに立ち上がり、流れるような所作で出ていく。白金は出水の肩に手を置いて立ち上がり、トイレに行ってくるとだけ伝えて部屋を出た。彼は彼へ適当に返事をしながらも、意識を蛍乃香から離さなかった。部屋に残された二人はなおもゲラゲラ笑いながら盛り上がっている。このままだと彼らは意気投合して〝特別な二次会〟とシャレこむだろう。他人のプライベートには関わりたくない白金は、自分の立場だけは忘れてくれるなよと祈り、彼は騒々しい廊下を抜けてトイレへ向かった。
「ありがとう、きてくれて」
トイレの前の待合で座っていた一条が、白金の姿を認めて歩み寄ってくる。廊下をすれ違う男が一条の顔を見て、二度見していた。俺でもそうするかもしれない――白金はそう思う。
「こんな所でゆっくりお話もでけんとは思いますが、一体何のお話を――」
「あんた、ホンマに色々
「――えっ」
自分の問いかけを
「
「んじゃハッキリ分かるように伝えよか。今のままやとあんた、絶対に引っ張られるよ」
「え、引っ張……何をです?」
「あんた、ご
次から次と繰り出される
思い返せば、彼も一条に対して違和感を持っていた。職業柄、人間をつぶさに観察するのが彼の癖だったのだが、部屋に入ってきた時に一瞬だけ目を丸くして驚いた一条を、彼は見た。すぐにその表情はかき消えたが、それだけに余計に引っかかるものを感じていたのだ。
「すまんな、
「いや、話しやすいように話してくれるほうがこっちも気が楽ですけど……それより何です、その縁とか引っ張られるとかって」
「……先週、ウチとこにとある男がきたんや。その男が
「ちょ、ちょっと待ってください! そ、それはもしかして、日下という名前の男では――」
意外な所で聞かされた意外な話。今の白金にとっては無視しえない単語が散りばめられて、薄気味悪い迫力を伴って彼の鼓膜と心臓と
そして問われたほうは『やっぱな』とだけ
「……せや、その日下ちゅう男や。知らぬが仏、好奇心はあんたを殺すて警告したったのに、対策も何もせんと首突っ込んで、文字通り首に死線をこしらえよった」
その話を聞いて、白金の全身に稲妻が落ちた。
『――縁ができたら手遅れ。知らぬが仏、好奇心はあんたを殺す。警察に解決でけんことなぞ山のようにある――その女はそう言って、ドアを閉めたんや』
いつぞやの喫煙ブースで、日下は確かに、そんなことを口走っていた。その〝女〟が自分の目の前にいる。これは果たして奇跡の助け舟か、あるいは
――白金には、判断がつかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます