二十一日目
仕事の遅れも取り戻し、新たな作業環境にも慣れてきた。
俺は着替え、幼稚園にまだあげていない
「パパ~、クロちゃんは元気~?」
「げんき~」
「玲央も元気やね~。帰ったら一緒におはぎ食べようね~」
子供というのは
「ただいま~! クロちゃ~ん、帰ってきたよ~!」
家に帰るや美桜は靴とカバンを放り出し、玲央の手を引っ張って二階へ駆け上がっていく。その様子を見て俺は苦笑いし、リフォームされて上りやすくなっている階段にも感謝しつつ、そこら中に散らかった荷物を片付け、飲み物を取って二階へ向かった。
「……美桜、玲央と一緒にまた押入れに入ってるのか」
「えへへ、ここ、あたしたちとクロの秘密基地~」
「おえかきしゅるの~」
二階では、美桜がクロを抱いて
「はい、どちら様でしょう」
再び階下に降りてインターホンに応答する。カメラが門の前を映し出すと、そこには美桜と同年代くらいの女の子が一人で立っていた。内気な子なのだろうか、女の子は何も言わずに、ペコリとだけカメラに頭を下げた。
「美桜~、誰かお友だちが来たみたいだぞ?」
「あ~、そういえば今日遊びに来る言うてたんやった~!」
美桜がドタドタと走りながら階段を降りてくる。そしてサンダルをつっかけて勢いよく外に出ると、玄関先で『ごめんね~、遊びにきてくれてありがと~!』と声をかけていた。
そして、美桜に手を引かれるようにして女の子が家に入ってきた。
(美桜と変わらないくらいの年だろうに、よっぽど
俺はそんなことを考えつつ、娘たちの靴を揃え直し、お茶とお菓子を用意すべくキッチンへ足を運んだ。時季柄冷蔵庫におはぎが入っていたので、それと麦茶でいいか。
「お茶とお菓子、置いておくよ……って、珍しいもので遊んでるね」
「あっ、パパ~! ありがと~!」
「おはり~、おはり~」
お盆に麦茶を三人分とおはぎを四人分乗せて美桜の部屋に入ると、美桜と女の子は向かい合うように座ってお手玉を遊んでいた。女の子が持ってきたのだろうか、ものすごく手慣れた手つきで、ポンポンといくつものお手玉を空中に飛ばして遊んでいる。玲央はお手玉がいくつも飛び上がる様子を、顔を上下させて眺めていた。
「へえ……ずいぶん上手だねえ。お母さんに習ったのかい?」
お盆を静かに置きながら尋ねてみるがやはり返事はなく、頭を横に振るだけだった。そして美桜に耳打ちすると、それを聞いた美桜が代わりに答えてくれた。
「違うって~。いろんなお友だちに教えて貰ったんだって~」
「へぇ、そうなんだ。まあ今どきはお手玉を遊ぶ人は俺たちの世代でもいないだろうしなあ。ところでお嬢ちゃん、お名前は何ていうの? おうちは近くなのかい?」
「……」
今度は黙って
「あれ、そういえばクロは? 部屋に見当たらないね」
「クロちゃんね~、たぶん押入れの中で寝てるよ~」
「もしかしたら人見知りでもするのかな? まあそのうち出てくるだろ。皆でおはぎ食べて、仲良く遊ぶんだよ」
「「は~い」」
その言葉に元気よく返事する二人の我が子と、静かに
「――ただいまー。突然雨が降ってきちゃって大変やったわ~」
それから何時間かが経ち、明奈が帰ってきた。俺は仕事に段落をつけ、部屋で遊んでいるであろう美桜に声をかける。
「美桜、そろそろのあちゃんも――って、のあちゃんは?」
「ん~? もう帰っちゃったよ」
「えっ、いつの間に。というかそういう時はパパに声ぐらいかけなさい」
「のあちゃんがね、パパ邪魔しちゃいけないからって、パパにペコってだけして帰ったの」
「いや、だからってね……」
何で美桜と同じ年頃の女の子にそこまで気を使われるのか分からない。ただ、良くも悪くも子供らしくない居住まいや振る舞いであったのは否めない。まあ、帰ってしまったのならもう仕方がない。今度遊びに来た時に挨拶だけはしっかりするよう言うくらいはできるだろう。
皿とグラスを片付けて階下に降りると買い物袋をキッチンに置いて一息つきながらタオルで顔を拭っている明奈がいた。確かにさっきまで晴れていたのにいつの間にか雨が降っている。俺は抱き上げていた玲央を下ろし、キッチンの窓から雨雲に
「ごめんな~、すぐご飯用意するから待っとってな。今日は特売でうなぎが安かったんよ」
「うなぎなんて久しぶりだなあ。というか明奈、あまり好きじゃなかったんじゃ……」
「しやから特売で安かったいうたやん。半値以上引かれてたら
そんな会話を交わしながらも手際よく片付けと着替えを済ませた明奈が手早く夕食の支度に取り掛かる。
「ママ、おかえり~。あたしおなかすいた~」
「おかえり~、ごはんまだ~?」
「はいはい二人ともただいま~。すぐに作るから待っとってな~」
「ん、美桜。その手に握ってるのは一体何だ?」
美桜が降りてきた時、俺は彼女の左手に何かが握りしめられているのに気づいて尋ねた。
「これ、貰ったの~。ずっと持っててって」
それは彼女たちがさっきまで遊んでいたお手玉の一つだった。赤と黒の布で編まれており、ザラザラ音がしているので中身は
「あら、それお手玉やんね。しかもそれきっとアタマや。ママも小さい時お婆ちゃんに遊び方教えて貰ったなあ、懐かしいわ」
「ん、明奈、アタマって?」
「それ説明すると長くなるんやけどさ、お手玉遊びをする時にな、一個だけ絶対に落としちゃダメというか、ずっと持ってなきゃアカンのがあるのよ。それをアタマとか親玉いうねんな。他のと区別するために大体は派手な布で作ってあるんやけどさ、美桜が持ってるやつがきっとそれちゃうかなって」
説明を聞いてもピンと来なかったが、まあそういう遊びなのはさっきも見ていたし、確かにのあちゃんがやってた時に見た他のお手玉は真っ白だった。
……俺がさっき抱いた疑問が晴れることはなかったが、まあ子供はとかく自分が大事にするものを友だちに託したりして親愛の情を示すこともままある話だ。
「よし、じゃあもうちょっとしたら仕事も片付くから、ご飯が出来るまで二階にいるね」
「分かった。準備が済んだら呼ぶからね。美桜、ママちょっとお料理するから、その間玲央を見といてくれる?」
「は~い。玲央~、パパのおふとんいこ~」
米を研ぎながら返事する明奈の言葉を背中で受け止めて、俺は自分の部屋に戻る。そこには今までどこにいたのか――恐らく押入れの中だろうが――クロが俺のワーキングチェアの上で寝そべっていた。俺はクロの頭を優しく
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『はい、テンドーチャンネルの〝テンドーダイレクト〟が始まりました~。もう皆さん知っていると思いますけれどね、
作業の休憩がてら、最近ちょっとだけ話題になっているスピリチュアル系の動画チャンネル〝テンドーチャンネル〟の動画を見ていた。一時期はテレビのひな
頭が疲れた時にはこういった系統の〝頭を空っぽにできる〟動画を観るのが大好きだった。繁華街の夜景を
『いや、今回はね、マジでビシビシきてますよ。スタンガンでも当てられてる感じがして、背中が痛いです。でも、私最上天道にかかれば――』
俺は軽妙な語り口で深刻そうなことを深刻でなさそうに話す微妙な
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