十五日目
月も変わり、まだ暑さは抜けないが過ごしやすい季節になってきた。
今日は
「済みません、お待たせしました~」
快活な、それでいて忙しいのが
担任の先生からは、美桜が活発で明るい子だと報告を受けた。他の園児たちとも溶け込めてお話ができているとのことなので、仲間外れにされたりといった心配はとりあえずないなと、俺は胸を
しかし、その後に続いた先生の話に、俺は少し眉をひそめることとなった。
「……時々姿が見当たらなくなる……?」
「ええと、今はきちんと彼女の行動を把握して対応はできていますから問題はございません。ただ――」
その時、先生が一瞬だけ声を詰まらせたような気がした。それは一瞬でかき消され、先生は話を続けた。
時々幼稚園の裏手側に一人でいることがあるらしい。その時わざわざ暗くて狭いスペースで
「危ないからあまりそこには近づかないようにと言って、返事は貰えるのですけど……何回か同じことを繰り返していまして。少しだけ気になってはいるんです」
「実は家でも引っ越してきてからよく押入れで猫と遊ぶようになりまして……あまりそういうことをしないようにと注意はしているんですが」
「お父さん、美桜ちゃんへの注意はなさらないほうが良いかもしれません。といいますのも、美桜ちゃんが一人で園の裏側にいる時って、もしかすると自分の心を落ち着かせているのかもしれないんです。美桜ちゃんの姿が見えなくなると、決まって裏手の狭いスペースにいるのがパターンになってきているんですよ。むしろ――」
誰にも言えないような不安や
俺はもう少し美桜とのスキンシップを密にしようと心に決め、あとは特に問題がないという先生の話を受けて、面談は終了した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
明奈が仕事から帰った後、いつものように食卓を囲み、二人を風呂に入れて寝かしつける。その後に訪れる、つかの間の夫婦の時間、俺は今日幼稚園で聞いた話を明奈にも伝えた。
「なあ、明奈から見て美桜ってさ、ストレスとかそういうの抱えてるように見えるか?」
その問いに唸りながら首を
「何やろ、もうちょっとご近所の子供たちと遊びに行ってもいいんやないかなとは思うけど。あの子、前の幼稚園でもちょっと人付き合いが得意やなかったっぽいからさ」
「そういえば引っ越す前もあんまり家に遊びにきた子はいなかったなあ……でも何か幼稚園で周りの子と仲良くやっているような話だったよ」
「それなら心配ないんやないかなあ。いずれにしてもそこらへんはさ、もう少し慣れてきたら自然に解決することやと思うし、私はそんな心配はしとらんよ」
美桜の話題に一区切りがついたと判断した明奈が
「ああもう、ここらへんて暴走族とかおるんやねえ。音がやかましいん何とかならんかな」
「スクーターとか軽とか改造して乗り回してるのは見かけたなあ……美桜が事故に
「
クスクスと笑いながらグラスをカラカラと鳴らし、気分を落ち着けて当初予定していた話を始める明奈の言葉に、俺はほんのり紅がさした耳を傾けた。
「そういえばこないださ、土田さんが石碑の面倒見とったやんか? その時にな、私も一緒にお参りさせてもろてんけどね……何か聞いたことのない
「
「あー、そっちのほうかもしれんねえ。でも何いうてるのかちっとも分からんかった」
「作法とかあるんだったら、いずれ俺たちにも教えてもらえるんだろうか?」
「どうやろ。
「まあ、落ち着いたら聞いてみるか」
「あ、あとね、石碑の周りにぶわーって茂ってた緑あるやん。あれ、
「へえ、そうなのか。確かにきれいだもんなあ」
「ね。育てやすいし、来年の春になったらきっときれいに咲くと思うよ。ただ毒持ちやからさ、気をつけないとね。特に美桜と猫ちゃん」
「へえ、毒があるのか、怖いね。ちゃんと美桜にも言い聞かせておかなきゃな」
ああ、いいなあ。こういう生活。便利だけど時間とお金だけに追われてた都会の生活より、少しだけのんびりとしたこっちの生活のほうが、俺には合っているのかもしれない。
「……ねえ、ちょっと相談があんねんけどさ。聞いてくれる?」
話題が途切れ、俺たちの間に少しだけ沈黙が訪れたが、明奈が穏やかな口調で、しかし何か意を決したように語りかけてきた。
「ん? どうしたの改まって」
「あんな、もう美桜も五歳やし、玲央も四つになったやんか? こうして家も買うたんやし、進ちゃんも在宅勤務になったし、そろそろ、三人目のこと考えたいなって」
「……そうだねえ」
「年齢も年齢だからね、もし作るとしたら、なるべく早めのほうがいいんだろうけど。ただ、明奈は本当にそれでいいのかい。もう少し落ち着いてからでも――」
「うん、その年齢がやっぱり私は気になるんよ。体も丈夫な方やないしさ、元気でいるうちに作っておきたいなって思ってん」
「――そっか。明奈がそう望むなら、俺としてはありがたい話だよ」
近い内に心も含めて準備しないといけないな、俺はそう思ったが、明奈は俺にそんな時間を与えてくれなかった。
「じゃあ早速なんやけど、今晩……ね?」
「……うん、分かった」
俺は彼女の性急にも見えたその行動力に少し面食らったものの、その気になっている
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