十四日後
「日下さん、今日もご機嫌斜めみたいですねえ……例の件、ですよね?」
「
「どうしたんです、らしくない。自分でよければお付き合いしますよ」
そこへ休憩にやってきた白金から声をかけられる日下だが、視線を合わせることもなくただ空中を
「いっそ酒でもあおって全部ぶちまけたい気分やけれども……」
「それやったら個室居酒屋でも行きましょか? 自分、いい所知ってるんですよ」
「個室っつったって、壁に耳あり何とやらやで」
「そこは心配要りませんよ。何度かつこてますけど、ほんまに周りの音何も聞こえんのです」
「ふむ……まあ、それやったら誘われてみるか」
日下は
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「――んじゃあ、お疲れさまです!」
「ああ、お疲れさん」
日が落ち、少しだけ空気から熱気が失せていく。家路を急ぐ者や入る店を物色する者で
突き出しとして供された
「いや、よかったですわ。お口におうたようで何よりです」
「俺は濃いのが苦手やからのう。まあ俺のことは気にせんと、ゆっくり食べえ」
「この店は天ぷらや揚げ物全般がむっちゃくちゃ美味しいんですよ。おすすめを適当に頼んでおきますんで。あ、日下さんて食べられんもんとかあります?」
「しやから気にせんでええて。特に食べられんもんもないから」
それからも、白金がおすすめと称して頼んだ品々は、どれも日下の舌に合っていた。日下は程よく酔いが回り、最近溜まりっぱなしだった
「――ほんで日下さん、昼間だいぶ落ち込んどったようですけど、何ぞありましたん?」
「……ん。そらあ、色々あったわ。むしろありすぎて、もう訳分からん」
「あの事故って結局全部もう片付いたんですよね?」
「ああ。
日下は良く冷えた升酒をちびりと口にしながら、揚げ茄子の味噌田楽を頬張り、じっくりと味わうように噛み締めて、そのまま言葉を続けた。
「どうもその後の状況が異質すぎてのう。ホンマにこれはお坊さんか
「日下さんがそこまでいうんはよっぽどですやんな。もしよかったら、その後の状況とやらを自分にも聞かせてくれますか」
「ええよ。そのために酒に付き合うてもろてんねんから」
「まぁ、それ抜きでもいっぺんここの飯は紹介したかったんですけどもね」
「……気いつこてもろて悪いのう。んで、早速やけどこの間話した内容の後で分かったことを教えたるわ。先に言うとくが当然他言無用やで」
「そこは職業病ちゅうんですかね、割りとうても割れませんよ」
「――ふん。んじゃ最初に……あの事故で死亡した運転手……もう名前ぼかす必要もないな、名は
「ふむ……ということは、やはり無謀運転ですかね」
和風エビマヨをつまんでいた彼の
「せや、そこまでならどこにでも転がっとる話なんやけどな。どうもちいとばかし、ややこい話になっとるようや」
「ややこい言うのは、どういった?」
「――先週、上牧と同じチームでいつもつるんどった女が一人、自宅でガス爆発事故に
部屋の空気が一瞬で重苦しく淀んだ。日下の指に挟まっている
「……これは俺が仕入れたネタやねんけどのう、その女の事故の現場状況いうんがな……また〝ココが〟食い散らかされたようにボロボロやった、ちゅう話や」
「な――」
首筋をポンポンと叩きながら重苦しい内容を重苦しく告げる日下に、二の句も告げず驚きを隠せない白金。空気が凍りつき、酒はぬるくなる。
普通に考えれば飯時にするような内容ではない。一般人なら空気を読まないサイコパスとの
「んで、また不気味なことにな、上牧の事故んときと同じく〝ブツ〟もまだ見つかっとらん」
「…………」
「ほんでな、どっちも見た目は完璧な事故やったけれどもやな、妙に共通点が一致しとる……いや、し過ぎとる気がするんは、果たして俺だけなんかな」
「いや、その話を聞くかぎりじゃ自分でも疑うかもしれません。それにしたって、あまりにも偶然に偶然が重なり過ぎてやしませんか」
「ああせや、偶然ついでにまだあるで、不気味な共通点」
「えっ、ちょ、待ってください。展開早いですて」
ことさら演出を狙った訳ではない。むしろ不気味さにおののく自らの心を落ち着かせようとあえて間を取っただけに過ぎなかった。だがそんな間が、白金の内心を
「事故現場で、首が見当たらんロクと、鑑識の結果ほとんど出えへんかったルミノール反応。なあ、どう思うお前、この話」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――酔いの勢いに任せて
「しかし、あの様子を見る限りじゃあ、言わんでよかったかもしれんのう……」
彼には白金に話していないことがあった。上牧の母親からもたらされた気味悪い話、そして女――
日下は携帯灰皿と
『――昨日、大家さん立ち会いで息子のアパートに行ったんです。立ち退きの準備もせなと、とりあえず息子の部屋を見させて貰ったんですけど……テーブルの上にあの子の字で、一枚のメモがありました。一行だけやったんですけども、内容が内容で、先日の電話の件もあの子の様子がおかしかったもんで……もしかしたら何ぞアカンもんに巻き込まれたんかと思いまして刑事さんにご連絡を――』
『遺体発見時、被害者はスマートフォンを握りしめていました。画面にはSNSが表示されていたのですが、そこに書かれていた一文が――』
こえんのとおりくろう
その話を聞いた時、にわかに意味を図りかねていた日下だったが、その一文の中に気になる〝こえん〟という単語が混じっていたことが妙に引っかかった。そして、以前一度話を聞いた女の〝縁ができたら手遅れ〟の言葉が、何故か頭をよぎる。日下は迫りくる不安感を無理やり振り払うように頭を激しく振り、家路を急いだ。
「……ちっ。〝ご
ボソリと
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