八日後
「一体何なんや、あの事故は……」
とある所轄署、喫煙者のために設けられたブースで一人の男が
「
「おう、
ブースに近づいてきた男の問いかけに、日下と呼ばれた男が
「ああ、あの峠道の……確か首が〝コレモン〟やったやつでしたよね」
そう言いながら自分の首を手刀で切る仕草を見せる白金。それに
「せや。けどな、どうにもけったいなんや、俺にはのう」
「と――いいますと? というかそれ、自分が聞いていい話なんですかね?」
「お前なら構わん。どうせ調書にも載る話やし」
言葉の続きを待つ白金。しかし思った以上に待たされた上に、日下の視線は厳しかった。
「――現場で明らかにおかしい点が三つ、見つかった」
「えっ……三つもですか? どんな感じやったんです?」
「一つ、今白金がいった〝コレモン〟の事故にしては、明らかに
「え、ちょ、それってどういう――」
「分からん。ただ、
「ちょ、待ってくださいよ。ソコで飛ばんかったんやったらどこで飛んだんですか。それに、そんな状態やったら一体現場までどうやって単車転がして……」
「しっ、声が大きい」
話が予想を超えて奇妙な方向へ進んでいるのに気づいて、身を乗り出した白金をたしなめる日下だったが、正直この事故に関しては彼自身が狐につままれた思いでいるのだった。
「そんなんはもちろん俺かて考えた。マル
「はあ……ますます訳分かりませんね。じゃあ一体どこで――」
「それもまだ調査中や。現場がアレやし、見落としもあるかもしれんしな。それにまだブツが見つかっとらんのや。その〝コレ〟がのう。それが二つ目のおかしい点」
「――き、きっと茂みかどこかに……いや、あそこやったら坂を転がり落ちているとか――」
「まあ、どこかにはあるやろ。どこかには……な」
「け、けど日下さん、今教えてくれた二つでも十分ヤバいやないですか。おかしい所が三つもあるて、あと一つは一体? ブツが見つからん以上にけったいな話があるんですか?」
「――ああ。実はな――」
日下はそれまで以上に声を潜め、すっかり短くなった
「いや、切断面がな、何かに食い荒らされたみたいになっとるんや。まるで熊にでも襲われたような切り口で、のう」
「なっ……」
日下はそう言いながら、ここらで熊の出没情報など今まで一度たりとも聞いた記憶がないということを知っていた。一方その話を聞かされた白金は、あまりの内容に絶句している。まあそうなるよなと言いつつ、日下は続けた。
「お前にも分かるやろうけど、猛スピードで衝突事故を起こしたモンのロクがそないな状態になることはたまにある話や。けどそれにしたってあの状態は、俺も初めて見る」
「そ、それめちゃくちゃヤバイやないですか! 熊やとしてもそうやないとしても――」
「しやから声が大きい。落ち着け」
「……はい、済みません」
そこで日下は口を閉ざす。単なる事故として片付けるには異様な現場状況。そして日下は、交通捜査課として現場を多数見てきたものとして、強烈な違和感の数々に頭を痛めていた。
「日下さん、運転手の人定は……」
「終わっとるよ。免許はあったからな」
「じゃあ、
「ああせや。それに関連してもう一つおかしいことを思い出したわ。これが一番訳分からん」
顎に手を当て眉間にしわを寄せながら考え込む白金に、追い打ちをかけるようにして日下がそれまで失念していたことを思い出す。白金は
「運転手が持っとった携帯の通話履歴から家族らしき連絡先を見つけてそこに連絡したんよ。母親が出たが運転手とは同居しとらんかった。ただ、事故に
「連絡……どんな?」
白金は、もう驚きを通り越して疲れすら見える表情を口元に乗せながら続きを待つ。日下は諦めたように、三本目の
「『とんでもないことになったから誰か偉いお坊さんでも
「……あの、日下さん、一気に
「
「……勘弁してくださいよ。冗談にしても笑えませんて」
「冗談やったらホンマよかったんやけどな、俺も。まあ、その母親も占いだとかそういうんが好きやったらしいから、とりあえずパッと思いついた人を紹介したそうや。それが、運転手が最期に通話しとった人物っちゅうことらしいわ」
「で、その人物には――」
「裏は取った。アリあり、
「うーん……そういう流れやったら怪しいいうことはなさそうですね……」
「何か知っていそうではあるんやけどな。どんな相談を持ちかけられたのか尋ねても、それは口を割らんかった」
「もう自分、色々と怪しいところが多すぎてついていけんですよ」
「俺も分からんことだらけや。何が一番けったいかって――」
日下は吸いかけの
「――縁ができたら手遅れ。知らぬが仏、好奇心はあんたを殺す。警察に解決でけんことなぞ山のようにある――その女はそう言って、ドアを閉めたんや」
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