わり〜ん、メシアに乗せてって

@hadashi_aoi

第1話 落石マヨネーズ


「ララリララリララリララリでした」


弓子がそう告げると、内から湧き出る思いはメランコリックな熱意を帯びてきた。


「病み上がりですからどうにか抑えても飛び出してきてしまうんです。よもやよもやとうさぎ飛びみたく猫を被ってどうにもマサカリを担がずにはいられないんです」


ヨシカワは弓子の肩に手を置くと、眉を下げながら私につらつらと告げた。


「ほら、熱伝導によるミント運びはこのくらいにして、さあ!モシャ!ルイスフロイスの影のお準備をしてみせましょう?」


ヨシカワの奇声を浴びながら、弓子は「るらるら」と奥の部屋へと帰っていった。白いtシャツには赤いインクと黄色いインクが混じり混ざり、肩から肘にかけてまばらに交差したシワは彼女の諦念を含み、どうにも睫毛を滲ませる。


「彼らと話をしていると、私のこんがらがった脳味噌は実に大したものがないと実感させられる」

「そして、つくづく日本語は受け手によって意味の深さを操作できるものであると知らされるんだよ」


由井教授はニヤけながら人形のカドクラを見つめ、ガラス窓端を人差し指で往来した。


「教授、弓子は本当に」


「あぁ、大丈夫。私に任せてくれた君は正しい判断をしている。ただね、私は弓子君があの程度のものではないと勘繰っているんだ」


「一体どういうことですか」


「弓子君は現在三級オモストロに属しているが、それはまあ、彼女が淡々と生活するには、実に不都合なことが多いんだよ」


教授はよくも分からない英単語を用いた狂言を紡ぐ。やはり私はとんでもないところに足を運んでいるのだ。


「なまし先生!なまし先生!」


部屋の奥から1人の少年がこちらへと駆け、防護ガラス、私たち目掛けて突進した。


「も、もずく岡山の防波堤に前方後円墳ごとくオナニーBOXが入り込んできたんじゃって。ピロリ菌としてなすべくして成したんじゃね、きっと」


「ほぉ、そうかいそうかい」


「コンドーム由来のベスタスもひねり揚げ問答にざじゅらんざじゅらんとめっけもん同士に交換こしたっつってさ」


「ほぉ、そうかいそうかい」


「帰りに小舅ノベルティを持ち寄って、バラクスペルマの身に隠れたら全身全霊で花束に染めてあげちゃうからさ」


「そうかい、なら今度連れてってくれるかな」


「ペスト!」


弓子は私の大切な一人娘だった。十年前に妻と死別してから、なんとか高校を卒業するまで育て上げることができた。弓子が私の元を離れて、二年が経ったある日のこと。始まりは二本の電話だった。


「突然のお電話、失礼いたします」

「私、弓子さんとお付き合いさせていただいているノナカヤスシというものです。弓子さんのお父様の電話でお間違い無かったでしょうか」


電話口からは、いかにも好青年といった若い声が聞こえてきた。


「本当だったら、直接お会いしてご挨拶をさせていただきたかったのですが、生憎、緊急を要するものでして、弓子さんに教えていただいた連絡先から電話をかけさせていただいております。大変申し訳ございません」


実に丁寧な口ぶりをしている彼には若さゆえの言葉遣いの拙さと荒さからあどけなさが感じられる。電話口から聞こえる吐息と緊急という言葉から、スマートフォンは私の手汗が滲んでいく。


「いえ、それで緊急とは一体」


「実は、2日前から弓子さんと連絡がつかない状態でして。弓子さんの家にも尋ねたのですが誰も居らず、共通の知人や彼女が勤める会社にも連絡しましたが、電話も繋がらないようなんです」


私が弓子と電話をしたのは三日前のこと。いつもと変わらず、会社で起こった出来事や友人関係など所謂近況報告といったものだった。これは弓子の一人暮らしが始まってから続いている習慣であるが、2日前ということは、私と電話をした翌日から連絡がつかなくなったということになる。


「聞くと、会社も2日連続で無断欠勤しているみたいなんです。家のポストにも、チラシや郵便物が溜まっていて、おそらく2日以上帰っていないんじゃないかと思っていまして。けれど僕が知る限り、弓子さんはそんな人間ではなくて」


確かにそうだ。昔から責任感の強い弓子は休むことに対して異常なほどに抵抗が強かった。学生時代、高熱を出した際にも「友達や先生に迷惑をかけられないから」と無理をしてでも学校に行こうとしていた。そんな彼女が無断で仕事を休むなんて考えられなかった。


「警察に捜索願を出そうと思いましたが、もしかしたら既に、ご実家の方に帰られているかもしれないと思いまして、この度電話をかけさせていただきました」


私たちはしばらく話し、ひとまず警察への捜索願は保留というところで着地をした。そして私はすぐさま弓子に電話をかけた。正直、会社の人間やノナカが掛けても出なかったというから望みは薄かった。案の定、彼女は電話に応答しなかった。数分後、かかってきた電話はノナカや弓子とは異なる番号であった。それはまたしても弓子に対する内容であった。

電話先は耳を澄まさないとどこからかかってきているのかすら聞き逃してしまうほどに騒がしかった。聞き返すと、弓子の家の最寄駅から二つ先、関武駅の事務室からであった。


「関武駅、駅係員の山村と申します。藤岡匡さんのお電話でお間違い無かったでしょうか」

「藤岡弓子さんはご存知でしょうか」

「実に申し上げにくいのですが」

「弓子さんが線路内に転落されまして」

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