氷の花 その4
できるだけ息を止めて、慎重に、と同時に速やかに氷上花を採集する。
花がしおれるまであとどのくらい時間があるのかわからないけれど、もうかなり日は
高くなっていて、一刻の猶予もないのはあきらかだった。
しおれた氷上花に心の中で謝りながら次の花へと向かう。新しい花のもとにたどりつくと、急いで氷上花の茎にハサミをあてた。もちろんまた息を当てるようなことはしないように…。切る場所や切り方がこれで合っているのか自信はなかったが、
もたもたして花を無駄に傷ませるよりは一気に切った方が良いと考えて、刃で茎を
挟むとほぼ同時に指に力を入れた。
氷上花の茎はパキリッと軽い音をたてて驚くほど簡単に切れた。普通の生きた植物を切った時のような水気を感じるようなことはまったくなく、なんというか、
よくできた飴細工が砕けたような感触だった。
採集した花は急いで採集袋へとしまう。茎の部分を袋の中へ入れ、少しでも温度を上げないように湖面に張っている氷を割って破片を数個一緒に入れた。なおこの採集袋もブーツと同じく防水・断熱処理がされているので、しばらく氷が溶けることはないはずだ。
まずは一輪採集完了。よし、よし、この調子この調子。すぐさま次の花へと向かう。距離はわたしの足で5歩程。さっさと行ってすばやく採集しよう、とよく注意
せずに足を踏み出したのがよくなかった。湖底の一部がそこだけ少しくぼんでいて
わたしはそこに見事にはまり込んでしまったのだ。
「わっ…痛っ!…あっ冷たい冷たい!」
悪いことに、はまり込んだ時に足首を少しくじいてしまった上に、ブーツの履き口から結構な量の水が流れ込んできた。当然ながら死ぬほど冷たい。
「あ~うぐぅうう採集うぅぅぅ」
耐えるわたし。幸いなことに足首は少しジンジンするくらいで大したことはないみたいだ。次の花にたどり着いたわたしはなにかを考える前に茎を切り、花を採集袋に入れた。そのまま自動人形のようにそこから3歩程歩いてさらに次の花に向かう。そして採集する。これで3輪目。
うーん、思っていたより採集袋の容量が多くない。今の時点でけっこうギュウギュウだ。あと1輪は入るだろうけど、あまり無理すると花弁に傷がつきそうだった。
4輪目はすぐ隣接する場所に咲いていたのでこちらも素早く採集し、袋に入れた。袋の状態は花弁と花弁が少し触れあっている程度で花の繊細さを思えば少しヒヤヒヤする。
これで諦めて帰るべきなのだろうか。空を見ると太陽は完全に上がっていた。
氷上花たちが今の美しい姿を保っていられるのもあとわずかなのだろう。わたしが採集した4輪もいつしおれるかわからないが、この状態で家に帰れば、花は師匠がなんとかしてくれるのだろう。
…でも、4輪ってキリが悪いよな~、という考えが頭に浮かぶ。そうしてまわりを見渡すと、今採集した場所からそう離れていない所に咲いている氷上花があった。しかも他の花に比べて少し小振りに見える。…これならいけるかもしれない。
もう完全に浸水してしまったブーツをグシャグシャいわせながら歩く。冷水に浸かった足はだんだんと感覚がなくなってきていた。正直結構しんどかったが、この花で最後だと思えばがんばれそうだと思った。(この後家まで徒歩で帰ることはあえて考えないようにした)
5輪目の花にたどり着く。やはりほかの花よりだいぶ小さな花だ。この場所だけ栄養が少なかったのだろうか?とにかくこの大きさなら採集袋に入りそうだ。速やかに茎を切り、花を袋に入れ…うーん…
採集袋はやはりかなりギリギリだった。ただの花ならぎゅっと寄せて突っ込んでしまうのだが…。まるで飴細工のようだった氷上花の茎を思うと、花弁もまた簡単に壊れてしまうのではないかと心配になった。
今採集した花は手に持って、袋の中はこのままの状態で帰ろうか。しかし、手袋越しとはいえずっと持っているとわたしの体温で花が弱りはしないだろうか。それと家への道中、自分が絶対ころばないという自信がなかったので…まあそうなったら他の氷上花ももろともだけどね。できたら手は空の状態でいたかった。
で、この5輪目の花をどうするかわたしは迷って、正直言って面倒くさくなってしまって…、「まあ大丈夫でしょ」という根拠のない楽観視をもって、花を強めに袋に押し込んだ。
花は窮屈そうにすきまに収まった。その時は。
もうどうやってもこれ以上採集袋に入らないことを確認するとわたしは帰ることにした。この数で足りるかはわからないけれど、でもこれ以上採集できないし…。というかわたしはもう疲れていた。家に帰りたかった。帰ってあたたかい薬草茶を飲みたかった。
「あー、もうこれで良いや、帰ろ!」
と言ってわたしは湖から上がろうとして岸に足をかけた。そしてすべってころんだ。
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