第8話 始まりの夢 5
ひとしきり泣くともう涙が出ないのか、もしくは涙と一緒に悲しみという感情が一緒に流れてしまったのか判断つかないが段々と落ち着いてきた。
その様子をじっとシンシアは見守り続けていた。これはシンシアが慰めたところでカーナにとって何にもならないという判断からであり、実際カーナも下手に慰められれば見つけられなかった事に対し叱責していた。
「あの・・・」
「はい、如何致しましたか?」
「私、・・・なるわ。ラングリッシュ家の養子に」
カーナ目は諦めであったり、絶望ではなかった。少なくともこの家を十全に利用して老婆の形跡を辿ってまた会うのだ、と決意を込めた炎を纏っていたと後のシンシアは当主の前で語った。
「それでは当主様にはその様にお伝えします」
「ありがとうございます、シンシア」
「カーナ様、いえ、お嬢様、敬語など使わないで下さいませ。当主様より養子になった瞬間に私はお嬢様の専属でございます。そのようなモノに丁寧に話すことはありません」
急に友達口調や命令口調になんてできない、と口に出すわけにはいかずつい含羞んだ。
「それでは、これからラングリッシュ家の一員となりますのでそれ相応の振舞いを覚えて頂きます」
「・・・え?」
「『え?』ではありませんよ、お嬢様」
先程までのシンシアの態度から一変。表情は笑顔ではあるのだが、一切笑っていない。後々この笑顔がカーナの中で一つの心的障害になる。
この日からカーナの血を吐くような教育が始まった。養父である当主のアルファードに会う前に最低限の仕草や言葉遣いができるようにと。≪外モノ≫だったカーナからすると全てが初めてのこともあり、中々身体に馴染まずシンシアに叱られることが数度。迂闊に言葉を出すものではないなと後悔しつつもシンシアの教育に立ち向かっていた。
******
そんな生活を始めて木々の緑色が落ち、心落ち着くような色に移り変わる頃にはカーナも大分貴族として板についてきた。
食事作法、言葉遣い、それから細々とした所作さえシンシアの
既に外は暗闇に覆われており、空には月が煌々と輝いている。その月の明るさで殆どの星が見えないが一部の星も月の明るさに負けまいと輝いている。
そんな星空をラングリッシュ家の屋敷のカーナに宛がわれた私室の窓際に置かれた丸机と一緒に置かれた椅子に座りながら、ぼうっと眺めていた。
そして、
「いつまで私はこんな生活できるんだろう」
以前同じような
ただ、この期間老婆を見つけることはできなかった。
シンシアにお願いして数日に一度は屋敷の外に出て老婆の痕跡を、老婆を探しに出かけていた。シンシアの言う通り、カーナが拠点にしていた住み家は綺麗さっぱりと何も残っていなかった。そう何も残っていなかったのである、それがカーナが作った簡易な寝床であったり、暖を取るための焚火の跡でさえ煤ひとつも残っていない。そこには誰も住んでいなかったかのように、元から廃墟だったようにたたずんでいるだけだった。カーナがそこに行けば何かしらの痕跡を見つけることができるのではないか、シンシアが何かを見落としていたのではないか、そう考えていた時期もあったがシンシアの言っていることは正しかった。
成す術もなくただただ一向に時が過ぎるのが早かった。
溜息とともに出てきた
「これからもずっとではないでしょうか?」
誰にも聞かれていないと思った
一日の教育も終わり、風呂の用意が出来たのかシンシアがいつの間にかカーナの近くに立っていた。入って来る時に扉を優しく叩いて、入室の許可を促していたのだがカーナからの声が一つも入ってこなかったために安全確認のために覗いたところ、ただ耽ていただけだった。
「シンシア、いつの間にそこに立っていましたの?」
「お嬢様からの返答がありませんでしたので、先ほど勝手に入室させて頂きました。入浴の準備が出来ましたのでお呼びに」
「そう、わかったわ」と何とも素っ気ない返事であった。ラングリッシュ家の屋敷に来てからカーナにとって入浴の時間が一番楽しみにしている時間なのだが、心ここにあらずだった。
浴室はカーナの私室に隣接していて、私室から一度廊下へ出ずにそのまま移動できる。
衣服を脱がすところから、沐浴、そして、水気を拭き取って、寝間着に着替えさせるまでがシンシアの仕事なのだが、普通であったら実際のところ給仕服が濡れたりと進んで行うモノはいない。だが、シンシアは何故か自ら買って出る。悪いことではないのだが、少々怪しいところがある。カーナは以前より目つきが怪しいなとか考えていたのだが、尽くしてくれるのでこのくらいはと言うことで何も見なかったことにしているし、特に害もないので無視を決め込んでいる。
そんな毎回のシンシアの視線さえ気が付かないほど呆けているのだから、シンシアも心配になる。
「お嬢様?体調など悪いところなどありますか?」
「いいえ?いつもと変わらずよ。何か?」
髪が痛まないように洗い、香りの良い植物油を紙に馴染ませて濯ぎ落としていたのだが、一向に無反応だった。頭を洗うことで一日の悩みが抜けて癒されるとこの生活を始めた頃に言っていた。そこから毎日この時間が至高であるはずが、何もないのだが不安になるというもの。
「いえ、お嬢様。先程からずっと心がどこかへ行ってしまったのかずっと無言でしたので」
シンシアがここまで心配しているのは異常だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます