第7話 始まりの夢4
「ラングリッシュ家当主であられるアルファード・リム・ラングリッシュ様より、貴女様を養子にするとお伺いしております」
これはまだ夢の中なのだろうか。目の前の使用人の言葉が頭に入ってこない。カーナからすると到底有り得ない科白だ。何故としか言葉が出てこない。
そもそもこのような決定事を当主本人からではなく使用人から聞くことになるのだろうか。そんな疑問が次から次へと湧いてくる。
昨日から、仕事終わっていつもの日常だと思っていたのにルイゼの話を聞いてから、≪掃除≫の話を聞いてから可笑しな出来事ばかりだ。心の休む時間も見当たらない。
(もうっ、一体なんなのよ・・・最悪な日だわ。早く家に、あっ・・・)
カーナは気がつく。自分が置かれた状況に。そして、老婆を置き去りにしたまま、ラングリッシュ家の屋敷にいることを。
「あっ、あの!!」
「はい?何でございましょうか?」
「私、早く帰らないと!お婆ちゃんがっ、!ゲホっ・・・」
囃し立てたせいか息が持たず、更には暴漢に受けた打撃でついた傷が開き、覆った手には赤い紅い液体が付着していた。
「落ち着いてくださいませ!まずは体を癒してください。詳しい内容は勿論のことご当主様より話があるかと」
自分が世話をしなければ動けない老婆を置いてきているのに自分が休んでいても良いのだろうか。葛藤せずにはいられないが、シンシアが起きあがろうとするカーナを無理矢理抑えつけ、寝台へ強制的に寝かせつけているのだった。
隙を見て逃げ出そうにも王国のどの位置しているのかぐらいの大まかにしか場所は理解できておらず、そもそもカーナが寝ているこの部屋が屋敷のどの位置にあるかもわからない。少なくともカーテンの隙間から漏れる月明かりや陽の光から地下ではないのだろうが、抜け出したところでシンシアやシンシア以外の使用人に見つかって部屋に戻されるだけだろう。
そう言うことで、助けて貰った恩に応えないまま逃げ出すのも悪いと言う気持ちも勝り、大人しく寝ているのだった。
ただ大人しく寝る条件としてシンシアに「老婆を保護してほしい」と頼んだ。それに対し、シンシアは
「カーナ様を快くお迎えしたいので、ご当主様に許可を頂いてきます」
と、そそくさと部屋を出て行ってしまった。
広い部屋にポツンと一人眠るカーナ。
(一人で寝るのなんていつ以来なのかしら)
老婆が来てからは布団を一緒にしていたわけではないが常に老婆と寝ていたのもあり、不意に寂しさを感じた。たったふた巡りの季節を共にしてきただけなのになんて、一人でいた時間の方が短いはずなのにどうしても胸にぽっかり穴が空いた気分になる。
(ダメ、あの使用人がお婆ちゃんを連れてきてくれるんだから!また一緒に過ごせるんだから!)
そう自分に言い聞かせることしかできなかった。
それ以降シンシア以外の女使用人が変わる変わるカーナの世話をしてくれていたのだが、シンシアの姿も見ることなく七回目の朝を迎えた。
「おはようございます。お嬢様」
なんの夢だっただろうか、楽しくもなく悲しくもない特に目覚めに影響を及ぼさないような夢を見たような気がしたのだが、使用人の優しい声で寝ぼけ眼だったカーナは一気に覚醒した。
「あ、あなた!シンシア、遅かったじゃない!ずっと心配してたんだから!」
「申し訳ございません。少々手間取ってしまいまして」
手間取るとは可笑しなことである。シンシアに老婆がいるカーナの拠点を正確に伝えたのだが、慣れていなくともここまで帰ってくるのが遅くなるのも変な話だ。
きっと見つけてから教会に行って病を治してくれてるのかも知れないと言う希望的観測を持ったが、次の言葉で打ち砕かれてしまった。
「申し訳ございません。お嬢様の言う老婆を発見することができませんでした」
深々とカーナに対して申し訳なさそうに頭を下げた。
「お嬢様が元々住んでたと言う建物はその日のうちに見つけることはできたのですが・・・」
きゅっと下唇を噛むように悔しさを含みつつ、言葉を綴る。
「もぬけの殻だったのです。お嬢様のお話を聞いてからですのでお嬢様が最後にその場所を出てからほんの数日であるはずなのですが、人が住んでいたと言う形跡もなく、あたかもそこに最初から何もなかったような状態でした」
最後まで話を聞くにシンシアは嘘を並べているようには見えなかった。なんと言葉を出せば良いのだろうか。労いの言葉か見つからないことへの罵倒か。
そして、なんとか絞り出した言葉が
「そ、それでシンシアはここまでずっと・・・?」
「はい、間違いがないか付近の建物を探したり、門番や近くのモノ達に話を聞いたところ、そんな人物見た覚えもないとの声ばかりでして。消息を追うのに手間取りました」
手間取ると言うことは何かしらの手がかりを手に入れたのだろう。しかし、結果はわかっている。シンシアから伝えられる言葉はきっと、
「勿論のこと王国内でも聞き回りましたが、誰一人として『そのような老婆は知らない』と言うことでした」
その言葉を聞くと、ポタポタとカーナの頬を伝い、手の甲に何かが落ちた。
「あ、あれ・・・なんで私・・・・・・」
突然の老婆との別れ。そんな現実に感情が追いつかなかった。
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