第6話 始まりの夢3

 パチッ、パチッ。

 カーナの耳に何とも心地よい音が聞こえる。焚火の中で枝の中の水分がはじける音だ。しかし、いつも聞いているはずの音とは違う。それとなく空気の匂いも異なる、そんな気がした。

 少しずつ周辺の環境が目を瞑っている状態でも感じ取れるようになってきたところで自分が置かれている状況に違和感を覚えてきた。

 そう、カーナは洗い場の仕事帰りに麺麭を買って老婆のもとへ帰ろうとしたところで暴漢に襲われたのである。しかし、そこから記憶はなく、現状がわからない。そんな恐怖から、身体を勢いよく起き上がらせた。


「ここは・・・!?」

「お目覚めですか?カー・・・様」


 目を覚ましたカーナに話しかける女性の声。最後まで聞き取ることはできなかったが、なんとも落ち着いた声であることは確かである。


「貴女は?」

「名はシンシア。このラングリッシュ家に使える給仕の一人です」


 このシンシアと名乗る女性が言うラングリッシュ家。この家の話をする前に、ロナリ王国の構造を理解する必要がある。


 —―—ロナリ王国。

 周囲は木々に囲まれた未開の地のような土地に作られた国。どのようにして建国したのかは国民でさえ知らないと言う摩訶不思議な国である。

 ただ『王』国と銘打っているため、国王が存在するのだが人々の前に出てくることは少なく、限られた者の前にのみ姿を現すという何ともおかしな話だ。そんなロナリ王国ではあるが、城下町の者どもは不満もなく生活をしているようでこの国においては建国までに一度も内乱であったり、外部からの侵略であったりとそう言った出来事はなく、建国から常に平和を保っている。

 そんなロナリ王国は合計で五つの地区に分かれている。まず中央地区は王政区であり、その名の通り国の運営する貴族たちが働く建物が密集している区画である。その中に彼らの住む高級住宅街も連なっている。

 東部に位置するのは商業区。あらゆる商業に関する建物であったり、市場などが存在する。この王国の玄関口であり、繁華街もここに属していて治安は王国内で最も悪い。

 南部に位置するのは生産区。温室を利用した野菜や果物と言った食べ物から狩猟組合もこの場所に属している。

 西部に位置するのは工業区。主に鍜治場といった工房や仕立屋がある。王国民の必需品の生産や修繕などを行っている。一部は商業区で商人達によって売買されている。

 最後に北部は一般住宅街ではあるが、孤児院や最低限の教育を受けることのできる学校も北部に存在している。これらの地区を内包するように城壁が囲うことでロナリ王国は成り立っている。

 ロナリ王国は中央に座す王と王政区の者たち、そして、各地区を統括する区長によってこの国は成立している。

 そして、ラングリッシュ家はと言うと商業区を統括する家になる。カーナが働いている洗濯場は工業区にあるのだが、その仕事終わりに商業区の麵麭パン屋へ向かう。その道中に見かける建物にはラングリッシュ家の家紋が掲げられている。

 この家紋を掲げていることでこの地区で商売を営む認可を得ている証になる。逆を言うと認可を得ていない店舗や屋台は過去に悪質商法などで取り上げられたことになる。王国外から商売をしに来た行商人などは、彼ら専用の広場が用意されていて基本的にはその広場のみでしか商売や仕入れをすることができないことになっている。

 商業区には特別に一部の工業区や生産区を統括する区長の家紋を掲げている店もあるが、それは言わば出張所であり、外向けの品を売買するために設けられている。また、繁華街も商業区に含まれているのだが、勿論ここに存在する酒場であったり、娼館などもラングリッシュ家の認可を得ている。

 そんな商業区の頂点である家の給仕が真横にいるということは、カーナがいるこの部屋は


「もしかして、この部屋は、ここは・・・」

「はい、その通りでございます。ここは西区統括ラングリッシュ様の邸宅になります」


 ≪外モノ≫であるカーナでさえ知っているほどの名家である。そんな名家に自分のようなモノがいることが考えられなく、状況理解を一段と困難なものにした。


「カーナ様の考えていることはわかります。何故、貴女様がここに寝ているのか、と言うことでございますね」


 カーナは頭を上下に振って激しく同意した。その様子を見て、シンシアはクスリと笑ってカーナを落ち着かせる。


 シンシアが一つ一つ説明した内容を整理すると、『カーナが暴漢に襲われた後に偶然シンシアが通りかかり、ラングリッシュ家の名前を出したことで暴漢は不味いと思い、そのまま去っていった』、そうだ。そして、身寄りのない子供だということは一目見て判断したとのことで主人、つまりラングリッシュ家の当主に話を通してカーナの手当をしたとのこと。

 全てを信用して良いのかは不明だが、兎にも角にも助けてくれたことには変わりない。


「あ、ありがとうございます・・・・・・!」

「いえいえ、問題ございません。人助けをするのは当然でございます」

「で、でも、助けていただいたのにお渡しできるお金なんて・・・・・・」


 商業区を統括する家が『無料タダで』人助けをするはずがない。そう思い込んでカーナに出せるものはないかと思考を巡らせてみたものの、差し出すものが一つも存在していなかった。それもそのはず、カーナは≪外モノ≫であり貯め込めるような財産などあるはずもなかった。

 狼狽して下を向くと、一つのことに気が付く。それは元々カーナが着ていた服とは異なり、袖やスカートの縁にフリルが遇ら得られたネグリジェに変わっていた。肌触りのよい生地で作られており、手の出せないような高価な寝間着である。

 はっ、とシンシアの方を向いてみると、


「カーナ様の衣服は汚れておりましたので、お身体を拭いた後に着替えさせていただきました。何か至らぬことはありましたでしょうか?」

「ぃ、いえ!こんな≪外モノ≫である私には十分です!」


 次から次へと出てくる事実にカーナは追いつくことができず、混乱の一途を辿っている。諦めることができるならば何とも楽なのだろうか。早く老婆の下へ帰らねばとそう考えているところにシンシアからの驚愕の科白セリフを聞くことになった。

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