第5話 始まりの夢2
あらゆる思考を巡らせた結果、先に進まなければ変えることさえできない。そう結論に辿り着いた。
先に待ち受ける不明瞭な恐怖に怯えつつも、恐る恐る城門を潜り抜けた。
しかし、そこに広がるは今までに見たこともない、なんとも美しい庭園が広がっていた。
「きれい・・・」
思わずカーナも賞賛を溢す。
それもその筈、色取り取りの花が所狭しと植えられている。見渡す限り同じ時期に咲くはずのない花々が咲き誇っている。そして、仄かに香る花の匂いもカーナを安心させた。
「あら、あの花は?」
初めて見る花を手に取ろうと花壇に手を近づける。
その刹那、カーナの指先から痺れるような刺激が身体全体に伝わる。痺れから言葉を発することもできなくなる。微かに喉から息を漏らすことで精一杯。
(な、によ・・・、これ)
(あら、あなた、花壇に触ろうとしたの?愚かね)
あの鬱陶しい声がまた脳内に響く。庭園に入るよりも前に比べると断然はっきりと、そして小馬鹿にするように。
(この花壇はね、寄ってきた邪魔者を排除するための罠なの。そうやってじっとしていればいずれ動けるようになるわ)
「私って親切でしょ」と言わんばかりの口調だ。しかし、少し我慢していれば良いならこのまま抵抗せずに自然に任せて動くようになるまで静止していようと決めた。
ただその間も常に声の主は喋りかけてきてなんとも言い難かったが、耐えた分知りたいことは聞けた。
声の主、イレーヌはこの庭園の主でもある。ただ、主導権はイレーヌにはなく名も知れぬ誰かしが別の主人になっていて所持しているとのこと。そしてイレーヌが起きていた間に追い出された、と要約するとそう言うことらしいがすぐに脱線してまとまりもなく何を言いたいのか混乱させられた。なんとも間抜けなんだろうか、起きているのに追い出されるなんて意味がわからない。
そして、重要な情報が一つ。それは、ここから出るには「起きれば良い」と言うことである。
「私、起きてるわよ。起きるって、なんのことなの?」
大分時間が経過したのか声が出せるようになっていた。カーナは自分でも声が出たことに驚きつつも再度、
「起きるってどう言うこと?ずっと起きているのよ?」
と、吠えるように捲し立てる。不可解な事柄が多過ぎることもあり、段々と自分に対して、イレーヌに対して苛立ちを隠せなくなった。その上、イレーヌは間髪を入れずに驚愕を隠せず、遂には
(あはは!あなた、今自分が起きているのか寝ているのかも分からない訳?面白いわぁ)
今まで以上にカーナを馬鹿にする。だが、カーナ自身はと言うと何が何だかと言う気持ちしか湧いてこなかった。カーナはカーナ自身がどこにいるかさえ不明瞭な状態で、よく分からないままイレーヌと名乗る声に導かれて庭園に入り、花を摘もうとしたら倒れると言う今まで生きていた中で起こった出来事を濃縮した体験を現在進行形で重ねているのだ。
(今の私ってどんな状態なの?)
(いいわ、教えてあげる。ここは私の夢の中なの。つまり、アナタは寝ているのよ、アナタの本体がどこで寝てるなんて知らないけど、路上だったら捨てられてるか、犯されてるかもね?目覚めてからのお楽しみ)
ケラケラと笑うイレーヌ。よく分からないが少なくとも寝ているだけで、これが本当に夢ってことが判明したことが一番の収穫だ。
「つまり、よく分からないけどイレーヌ、アナタの夢に私が迷い込んだのね」
(そうよぉ、まったく寝心地が悪いんだから。でも、庭園に入れたことには感謝してるわ)
今までの馬鹿にされた口調から外れ、最小限の感謝の言葉をもらったことに呆気にとられた。
暫く沈黙が続くも、イレーヌがため息をついて、
(私はやることもあるから、さっさと出ていってほしいの)
「出ていってほしいって、でもどうやるかわからないし・・・・・・」
やれやれと言うような溜息をどこからか貰った気がした。この時にはカーナの気力はなく意気消沈していた。反抗する気も湧かず、素直な反応をするしかなかった。そんな姿を見てイレーヌは(あなたも可愛らしいところあるのね)と微笑んでいたが、もう嚙みつくことさえできないほどだった。
(今回は私が手助けしてあげるわ。次は自分の手で出れるようにしてよね)
「やれるもんなら自分でやっていたわ」と口に出したいが、できないし、精神的にも体力的にも尽きてきたので口を紡ぐことしかできなかった。今回は仕方ないが甘えることにした。何しろここが夢であり自分の体の状態が心配事の一つでもある。早く出られるに越したことがない。
(一つ示唆させてあげるけど、あなたは入って来る時に『どこから』『どうやって』入ってきたの?それを思い出しなさい)
(『どこから』と言われてもいつもの市場。市場にいたから入ってこれた?)
場所は明確だったが『どうやって』なんて、男に暴行を受けて必死の思いで逃げたいって考えることしかできなかった。そして、最後に心の隅で「夢であってほしい」なんて考えていたような気がした。しかし、それが一体何だって言うのだろうか。それがここに来る理由になるのだろうか。
次の言葉を最後にカーナの目の前はふっと真っ暗になった。
(それじゃもう会うことはないって思いたいけど、またね)
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