第4話 始まりの夢1

 ロナリ城の謁見の間。荘厳な扉の正面に段差で一段ほど高くなった場所に玉座が佇んでいる。左右の壁には装飾が施されているが、威圧的とは少し違う、白を基調としているが、温かみのある白。初めて謁見の間に入った者であれば、可愛いと思うに違いない。

 しかし、現時刻は夜であり、王城の人々も仕事を終わらせ、団欒としている時間。そんな時間にも関わらず、真っ暗な玉座に誰かが座っているのだ。

 指の一つも動かさず寝ている、と思えば人影がピクリと目を覚ます。

 天窓から射す夜光でうっすらと輪郭が浮かび上がる。頭には小さな王冠、髪の色は銀色だろうか、夜行を反射して少し金色に見える。目は瞑ったままでわからないが、長いまつ毛が見える。そして服装はと言うとフリルが幾重にもあしらわれたドレス。王座に座るにはなんとも可愛らしいのか。ただ知らぬ人から見れば、玉座に座るには分不相応と言うだろうがここの主人であることには間違いないのである。

 そして、主人である少女はすっと目を開くと微細ながらも笑みを溢した。


「どうかなさいましたか?」


 その動きに反応するように影から男の声がした。少々老齢な声で玉座の少女に話しかけた。


「私の≪庭≫に侵入してきた愚か者がいるわ」


 少女は言葉とは裏腹に楽しげである。


「貴女様と同じ力を持つものが、まだこの国にいたとは・・・・・・」

「えぇ、そうね。二年前に外で感じたけど、あれより小さい力だったわ。だから、警戒してなかったのだけど、まさかね」


 「んー」と天窓から覗く星を見つつ、対処法を考える。現状では自身に危害があるわけでもないが、≪庭≫に入って来た者など今までいなかった。それを考慮すると何かあった時のための予備に置いておきたいとなるのは不自然ではない。


「ラングリッシュくんに保護させなさい。あの子なら適切に処分してくれるでしょ」

「はっ、仰せのままに」


 老齢な男はその場から音も立てずに消えた。

 ラングリッシュ家、それは現在に至るまで少女の≪庭≫に触れてきたモノを処分することを生業とする家系である。と言っても少女の≪庭≫に触れるモノはいないので、表向きは南地区の商人たちを纏め上げていることで貢献している家となっている。

 何事もなく平穏を迎えるだろうとは裏腹に少女は「そろそろ役目も終わりかしらね・・・。早いようで短かったわ」と寂しく呟く。


 そして、目を瞑って、夢を見た。


******


 カーナは自分の体から溢れ出た光で瞼を閉じていた。閉じた瞼さえその光に抗えず眩しかったのだが、いつの間にか光は収まっていた。しかし、彼女の眼前には先程までの、否、ロナリ王国ではなく知らぬ光景が広がっていた。そう、カーナの目の前には一つの城門―――勿論のこと、それはロナリ王国の城門ではない―――が聳え立っていた。木製の城門ではあるが、カーナの何人分だか分からない程の大きさを誇っていた。

 先程までいたロナリ王国とは異なり、ひと気はなく、誰かが住んでいるような雰囲気も感じ取れなかった。


「何よここ・・・。さっきの男もいないし、なんなのよ・・・」


 身体の痛みもなく、先程までの出来事が嘘だったような間隔に陥っている。しかし、間違いなく男から受けた暴行の数々に付けられた傷はなく、男と出会う前に戻ったかのごとく怪我が消えていた。引っ張られた髪も何ともなく、寧ろ以前老婆に整えてもらった時以上だった。そして何より、着ていた服が継ぎ接ぎだらけのワンピースではなくなっていた。

 カーナが以前露店の前を歩いていた時に見た人形の服、肌触りの良い下着に水色のワンピース、膝上まである純白な靴下。

「この服、まるで私が人形になったみたい・・・」


 生まれてこの方、経験したこともない状態に思考が追い付いていない。ずっとこの格好でいられるなら、とは思いつつも残してきた老婆が気にかかる。寝たきりの状態の老婆を放置した状態でいるのは心苦しい。それでも現状把握することでさえままならない状態なのである。


(こっちよ、こっち)


 突如どこからか声がする。周囲には誰もいないにも関わらず、声が聞こえるのだ。声量も大きくなく、カーナに囁く程度の声。


「な、なによ!」


 どこからか聞こえる声に怯えるカーナは耳を澄ませ、声のする方角を探した。しかし困ったことに全方向から聞こえるのだ。


(こっちよ、さぁ、いらっしゃい。怖がってないでこちらへ)

「怖がってなんかないわ、こっちってどこなの!?」


 発生源が不明な声に対して、恐怖を振り切るようにカーナは吠え叫んだ。どこにいるのかも分からないのだから、仕方ないことだが闇雲に叫んだとしても伝わらないのは理解している。しかし、苛々が止まらず感情的になってしまったのだ。


(あら、私の声が聞こえるのね。いらっしゃい。門の前まで)


 声に誘われ、城門の前に立った。しかし、声は何も答えない。


「来たわよ、どうすればいいの?」


 訝しげに声に尋ねる。しかし、うんともすんとも応答がない。だからと言って城門が開くわけではない。


「一体何なの!?」


 自暴自棄になりつつ城門を勢いよく叩くと、内側から「ガチャリ・・・」と音を立てたかと思うとそのまま重たい音を立てつつ城門が内側に開いてゆく。

 この光景に今まで以上に驚くカーナ。声さえ出なくなった。


(開いた!開いた!ありがとう!)


 感情のなかった声が何とも弾むような、楽しそうな声で話しかける。

 驚き、恐怖といった感情がごちゃ混ぜになってしまっている。しかし、開いてしまった門、その先に何があるのか、門をくぐれば老婆の下に帰ることができるのか。じっと立ち竦んでしまっていた。

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