第2話 プロローグ 2

 二人で生活するようになってから分かったことが幾つかあった。この老婆は年の割には活動的であるということ。

 いつの間にか姿を消しては食物の調達をしたり、掃除をしたりしている。ただ料理だけは下手で生焼け肉を食べようとする。かく言うカーナも肉を初めて食した時は同じような調理をして数日間寝込んだことがあった。そのことは老婆には黙っていることにした。

 そんな自分を棚に上げて、老婆にお願いをする。


「強火で焼いても中まで火が通らないでしょ。生肉はお腹を壊すの、最悪死ぬわ・・・。だから適度な火でしっかり焼いて」


「久しぶりの料理だから忘れちゃったのよ。これでも若い時は料理してたのよ」


と、言い訳をしている老婆は面白かった。この科白を聞いたカーナは一度ポカンとしつつも笑ってしまった。

 他にもカーナと波長が合うのか、以心伝心でお互いの手の届かないところを補っていた。

 そう言った事情もあってか、二人の生活が始まってからと言うもの、想定するよりも楽で楽しい生活が送れていた。

 しかし、どんなに話すようになっても老婆は自分の名前を明かすこともなかった。否、一度だけ訊ねてみたことはあったが、「ここではお互いのことは詮索しないんじゃなかったかしら?」と言われ、それ以降も聞くことはなくなった。

 そして、二人で過ごすことになってから老婆は何かにつけてカーナに知識や知恵を分け与えてくれたのだ。自分の知を一つ一つ何かを引き継がせるように丁寧に教えていった。

 それは裁縫、農耕、文字、時には建築。そして、この世界には不思議な力が覆っているのだということ。不思議な力なんてあるわけないと最初はバカにしていたのだが、老婆が試しにと使うところを目の前で見せられたのでは信じざるを得なくなってしまった。


 それ以降不思議な力の使い方を伝授しては習得するを繰り返していた。カーナの上達は早く、教えられた力の使い方を応用したりしていた。しかし、力を使う前に必ず老婆から


「この力は人様の前では使ってはダメ。特にあの国の中ではね」


 ロナリ王国の城壁を指しては口酸っぱくしてそう言った。やれやれと言った顔でカーナは相槌を打ちながら答える。


「ええ、分かっているわ。あなたとの約束だもの」


 とは言うものの身の安全を守るためには使わせてもらうけどね、と心の中で付け加えていた。


 そんな生活が続いてから何度日が昇っては沈んだ頃だろうか、その頃には雪の降る季節が終わりを迎えていた時期になった頃か、老婆の力を使う間隔があからさまに長くなっていった。以前は簡単な不思議の力を一呼吸以内に連発できていたが、少しずつ間隔が長くなっていった。特に何より最近は使う度に呼吸が荒くなり、立っていられない状態が続くのである。


 都度問題ないかと問うと「まだまだ大丈夫よ」とは言うが明白に苦しいと感じているようだ。

 しかし、それを理解した上で老婆は教えることをやめなかった。なんとも意地っ張りなのだろうか、と思い耽ることはあっても口に出さなかった。

 立つこともままならなくなり、遂には寝床で横になったまま一日を過ごすている時に質問をしてみた。「どうしてここまで私に勉強をさせようとするの?」と。

 答えは返ってこなかった。そこまで体力は残っていない様子だが、呼吸は安定している。ただ目線をカーナに向けては逸らすを何度か繰り返していた。が、結局は何も。

 しかし、カーナが不思議な力のコツを掴むと口だけの説明で済むおかげか、日常的に寝たきりになることはなくなっていた。ただ、生活の殆どをカーナ任せにしてしまっている状態を老婆はどう考えているのだろうか。

 カーナにはそんなことはわからない。が、この老婆を迎えた時に最後まで見届けようと決意したのは間違いなかった。それは何故だかわからない。以前のカーナであれば野垂れ死のうが放っておいたのだが、今となっては長く生きてほしいとまで考えている。

 考える日々が続き、ある日ふと呟いた。


「そっか、私一人に戻るのが寂しいんだ・・・」


 二人が出会ってから二回目の雪降る季節。この月日は長過ぎた。淡々と生活してきた少女の身に彩りをもたらすのに十分だった。寂しいより怖いという感情が勝り始め、その場で泣き崩れた。泣き止んだころには老婆の目は覚め、カーナの頭を撫でていた。


「何か辛いことがあったのかねぇ?」

「なんでもないわよ」


 ぶっきらぼうな顔になりつつもなんだか胸の辺りが温かく感じた。

 

******


 そして、雪が解け、生命の息吹を感じられる時期に移った頃になると、あの頃に比べると邂逅したこの場所、廃墟は風通しの良かった壁も修復したため、立派な小屋になり変わっていた。

 それとは裏腹に素人が作ったような、いや実際は有り合わせの材料でカーナが作ったベッドの上に老婆が寝ている。不思議な力を使っていなくともやはり年齢のせいか老衰の波には抗えず、今では寝ている時間の方が長いのだ。

 たまにカーナの顔さえ忘れてしまい、家族だった者だろうか、その人の名前を呼んでは涙を流していた。


 カーナは言うと、老婆が大人しく眠っている間に城壁の内側に潜り込んで働き口を見つけ、少額ながら賃金を得ていた。

 城壁内に入るためには入城許可証を申請する必要があるのだが、こんな見窄らしい格好のモノに対して申請しても入れてもらえる訳はない。だが、正面から入ることが目的ではなく、どこからでも良いので入れれば良いのだ。詰まるところ、壁に穴が開いてそこから出入りすることができる場所が数ヶ所ある。勿論同じ素材で蓋をするので滅多に見つかることはない。

 そう言ったこともあり、何ヶ所かの文字通り穴場を知っているカーナは女子供でも働けるような低賃金な場所で労働に勤しんでいる。と言っても、お針子だったり、洗濯だったり、男の力が不要な労働が主だ。


「ねぇ、カーナ?」

「何よ、ルイゼ」


 洗濯場でカーナと組んで作業しているルイゼーーー顔にそばかすがあり、歯並びは悪いが笑顔の絶えない女の子ーーーが話しかけてきた。


「あなたさ、もしかして≪外モノ≫?」


 ドキッと胸が嫌なほど大きく鳴った気がした。一瞬、手を止めてしまったが、気が付かれてはないだろう。


「あぁ、違うの。・・・違わないか。いえ、別にそれを咎めることもないんだけど、なんか近々≪掃除≫があるみたいだから、もしそうなら気をつけなさい?って言いたかっただけ」


 ≪掃除≫ーーー国から生きた人間や死体を処分することで城壁内の清浄化を図る、王城からの命令である。スラムでは死体が落ちていることも少なくない。生きた人間が対象になる場合は法を犯した者や不治の病に侵され、先が長くない者など様々な者が対象になっている。勿論、事前告知などないが、何故か国民は受け入れているが誰も疑問を持っていない。

 ≪掃除≫で最も危険なのは≪掃除≫と称して人を攫うことや死人が出ることなのだが、不定期と言うのは定期的に行われていたがために名目上の≪掃除≫が行われた結果であると聞いている。

 そんな物騒な出来事が近々行われると聞けば気が気ではない。とりあえず現状の情報収集と信憑性だ。


「ルイゼは何でそれを?」

「ウチ、貧乏だけどさ、父さんが中央に近い所で仕事してて役人ぽい人がその話しててさ。国内の人でも容赦ないのに≪外モノ≫なんて以ての外でしょ?」


 手を動かしながら、淡々と話してくれたが最後に「あなたと一緒に仕事してると楽なのよ」と照れながら呟いた。


「ありがとう。あまり国には近寄らない方がいいわね。でも、・・・」

「この仕事だったらいいのよ。ここなんて私一人でやってたんだし」


 ルイゼは平坦な胸をドンと叩いた。

 しかし、ルイゼの姿を見て励まされつつも不安は払拭されることはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る