少女の紡ぐ夢
@Hatoba_Novel
第1話 プロローグ 1
これは童話のような物語。
しかし、お姫様が王子様と結婚し、ハッピーエンドになるような物語ではない。
ただただ、少女が夢を見るだけの物語。
そう今までも、これからも。
―――こんな生活いつまで続くのかな。
屋根として十全に役割を果していない、穴の開いた天井から覗く月を見ながら彼女―――カーナはそう呟いた。
カーナとて好きでこの生活をしている訳ではないが、現状から好転させる方法が思いつかないのである。否、思い付きはするが、万が一、運が良ければ可能性はあると云う妄想じみた方法しかない。
例えば、何かの間違いで王族や貴族に拾われて妾になる、とか。しかし、今よりはいい生活ができるだろうが後ろ盾のないカーナには飽き捨てられる恐れがあるため、結果として娼館で死ぬまで男達の性の捌け口になる未来は迎えたくない。と言っても、現在のカーナは未成熟で大の大人を相手できるような身体をしていない。
この可能性を考えるようになったのは、カーナのいる場所が国の外―――城壁に阻まれた都市の外側に住んでいるからだ。
その国の名はロナリ王国。王城が中心に存在し、その周囲に居住を構えるのは王城で働く大臣などの役職持ちなどの身分が高い者たち、そして、外側になる程身分は低くなり、更にはその外に住んでいる人間は国の民でもない≪外モノ≫と呼ばれているモノ達が住んでいるのだ。
≪外モノ≫になる人間はそれぞれ理由はあるのだが、一つに使い物にならなくなった人間が捨てられることによるものが多い。勿論人間を捨てるなど、違法行為だ。そんな捨てられた人間達の中に娼館で薬を使いすぎて役に立たなくなったり、知らずの内に妊娠してしまった娼婦やその子供がいる。カーナは過去にそんな元娼婦と話したことで一つの可能性として思い至った。
そんなこんなでこの≪外モノ≫に属する人間は多種多様に存在するのだが、基本的には季節が一巡りするまでに不思議といつの間にか姿を消している。彼らがどこに行ったかなど知る由もない上に特段興味もなく、今を生きるのに精一杯だったりする。
あわよくば、という気持ちで好転を狙っている。
「まぁ、そんな都合よく行かないよね・・・・・・」
と、再度月を見つめる。
現在は雪が降り積もる冬で、吐いた白い息が霧散してゆく。
凍えるような気候なので商人は勿論のこと野盗でさえ、この寒さの中活動する人は少ない、筈なのであるが、外の様子がおかしい。あからさまに野獣やその類が騒いでいる様子ではない。
恐る恐るカーナは壁に空いた穴から外を窺うと、
「あれは・・・・・・?」
視線のその先には何もない筈の場所から発光し、その音が耳に届いたのだと気が付く。
そして、その光の中から老婆が姿を現し、それと同時に光は消え去った。
この寒い中であの老体だ、すぐにいなくなってしまうだろうと考え、そのまま眠りにつこうとした。が、大地に積もった雪の擦れる音が少しずつこちらへ近づいて来ているのが分かった。
「野獣?じゃないわね、もう少し早く近づいてくるはず・・・・・・、まさかさっきの?」
何故、こちらに来るのだろうか、いや、この周囲には雨や雪を凌げるような場所なんて存在していない。だからか、その老婆も凌ぐためにこの廃墟に向かってきているのだろうと予測はついた。
この辺りで明かりが灯されている場所なんて此処くらいだろう。当然の帰結である。
「・・・・・・んは」
廃墟の扉の前で微かに声が聞こえる。
「こんばんは・・・・・・」
優しさを感じる老婆の声。
はい、と返事をする。
扉の先には焚火の灯りで鮮明になった老婆の顔があった。何とも優しそうな顔をしている。しかし、防寒の一つもせずに雪の積もる環境にいるせいか僅かに震えている。いや、この老婆は何故か、寝巻姿なのである。
「寒いでしょう、中へどうぞ。と言っても外よりも雨風が凌げる程度だけど」
疑問を胸に納め、老婆を廃墟の中へ迎え入れた。普段であれば自分の住処には他人を入れることもないのだが、何故か不思議と導き入れてしまった。何故だろうか、入れることがあたかも当然だと考えてしまった。
老婆は一瞥すると、迷いなく焚火の前に腰を下ろす。何の迷いもなく。まるで自分の場所がそこであることを知っていたかのように。
カーナが扉を閉じるのと同時に背後から「・・・・・・懐かしいわね」と呟く声が聞こえた気がしたが、扉の閉まる音ではっきりと聞くことができなかった。何か言葉を発したという程度で済ませてしまったが、少し寂しそうな表情をしているのは少々気がかりではある。記憶の底で何かを忘れてきてしまったのだろうか、下手に憶測を立てるのも失礼だと思って何も言わずにカーナも自分の定位置へ向かった。
戻り際に老婆の背中を見るとカタカタと震えていた。それも当然のことで近くの泉に薄氷が張られるくらいには寒いのだ。そんな中で薄い生地の寝巻きでいるのだから当然ではある。だからと言って、朝起きたら体が冷たくなっていましたでは目覚めが悪い。寒そうな姿は見るに耐えないので近くに畳んである毛皮を手に持って老婆に差し出す。
「その恰好じゃ寒いでしょ。この毛皮でも羽織るといいわ」
「あら、気を遣わせてごめんなさい。お言葉に甘えさせていただくわ」
老婆は少々驚いたような顔で毛皮を受け取ると、初めて見たはずの毛皮を何の躊躇なく羽織った。カーナは内心驚いてはいたが表情には出さずに老婆を見守った。先程に比べると少し暖かそうな表情に。それでもまだ寒そうだったのだが、これ以上は薪のくべる量を増やして部屋全体を温めるしかない。たまにはそんな贅沢もいいかもしれないと思いつつ、焚べてゆく。
次第に温かくなる部屋はなんと心地よいのか。寒さに耐えていたのが何とも馬鹿らしく感じる。しかし、ここで大量に使えば、いつまで続くかわからないこの気温を耐え忍ぶことができないだろう。温かくなったことで幾分か余裕が出てきたことで老婆を観察する余力が出てきた。
と言っても現状では光の中から出てきたよくわからない存在ではあるが、あんな現象は見たこともないので、知ることでカーナ自身が何かしらに巻き込まれてしまうのか分からないことに恐怖を感じる。
そんなカーナの視線を感じ取ってか、
「私のこと気になるわよね」
と、老婆が切り出した。しかし、巻き込まれるかもしれないという恐怖の他に≪外モノ≫はお互いを詮索しないと言う暗黙の掟のようなものがある。その為、本人が喋ろうとしない限りお互いを知ることはないのだ。
「いいえ、あなたのことは深く詮索しないから。別にここで誰が住んでいようが気にしないもの。暫くは安心してここで寝ていいわ」
「ありがとう、貴女の迷惑になる前に朝になったら出ていくわね」
「…いい」
短く拒否した。そして、老婆が聞き返す前に言葉を紡ぐ。
「あなたなら誰かが迎えにくるまでここにいてもいい。どうせ直ぐにここから出ていくのでしょう?それまでの仮暮らしだったらここ使いなさい」
「ごめんなさいね」
「謝んなくていい」
その晩はこれ以降お互いに言葉を発さずに過ごしている内に夜は更けていった。
それからと言うもの、なんだかんだと理由をつけてカーナは老婆を引き留めてしまった。
(何で私はあの人を引き止めてしまうんだろ・・・)
よくわからない感情が出つつも、今の生活が嫌いというわけではなかった。
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