お花探し 1

夕方の静かな時間、食卓には温かい料理が次々と並べられていった。


シャンデリアが食卓を優しく照らし、温かな香りが漂う中、


私は少しぼんやりとしながら夕食を取っていた。


頭の中は、さっきまで手入れしていた薬草のことでいっぱいだ。最近、育てた薬草が順調で、風邪に効く特別な配合を試そうと考えている。








そんなことを考えながらうわの空で食事をしていると、お父様私が話しかけてきた。


「ララ、また薬草の手入れをしていたんだって?メイド長とミイが困っていたみたと執事から報告を受けたぞ。お前が土いじりばかりしてるから、お嬢様らしくないって嘆いていたと。」


お父様はからかうような口調で言ったてきた。肩を軽くすくめながら、笑って答える。


「だって、好きなものは好きなんだもの。それに、お父様が風邪を引いたら、私が育てた薬草で治してあげるから安心して。」


その言葉に、お父様は少し笑いながら、目を細めて私を見た。お兄ちゃんもクスリと笑った。








「まあまあ、お父様。前にララには好きなことをさせたいって言ってたじゃないですか。」


と、お兄ちゃんが助け舟を出してくれた。


お父様は一瞬考える素振りを見せた後、肩をすくめてうなずいた。


「まあ、確かにそうだな。だが、ララもそろそろ婚約者の話が出てもおかしくない年齢だ。来年はデビュタントもあるし、しっかり社交マナーや令嬢としての教育は受けてもらわないとな。」






お父様のその言葉に、私はしかたなく「はーい」と返事をした。


正直、婚約者の話なんてまだ全然ピンとこないし、デビュタントもあまり興味が湧かない。


私にとって大事なのは、薬草のことだし、風邪や病気の人を治せる知識を増やすこと。


だからお父様がこういう話をするときは、いつも少し重たい気分になる。


けど、こういう話は、おとなしく頷いておくのが吉なのだ。






しかし、予想外にお兄ちゃんが感情的に、反論していた。


「まだ早いですよ、お父様。ララはまだ11歳です。婚約者の話なんて、そんなの考えるのは早すぎます。」


その言葉に驚いて、私はお兄ちゃんの顔を見た。お兄ちゃんがこんなに強い口調で反論するなんて珍しい。


お父様も少し驚いた表情を浮かべていたが、すぐに面白そうに笑った。


「ふむ、リオ、お前がそこまで言うとはな。まあ確かに、まだ早いかもしれん。だが、どこに嫁に出しても恥ずかしくないように、マナーはしっかり叩き込んでおかないと、公爵家としての名誉もあるからな。」






お父様は穏やかにそう言いながら、お兄ちゃんの様子を伺っていた。


なんだか、お兄ちゃんがいつも以上にムキになっているように見えるけど、何か理由があるのかな?


私は「はーい」とまた気のない返事をしたけど、お兄ちゃんはまだ少しふてくされている様子だった。そんなお兄ちゃんを見ながら、私は少し首をかしげた。


お兄ちゃんがどうしてこんなに反応してるのか、よくわからないけど、お兄ちゃんにはお兄ちゃんなりの考えがあるのだろうと、深く考えるのはやめた。






お父様は軽く咳払いし、話題を変えた。


「それでリオ、お前の城での仕事はどうだ?最近の様子はどうだ?」


お父様がお兄ちゃんに向けて話しかけた。お兄ちゃんは少し考えてから、落ち着いた声で答えた。


「最近はだいぶ仕事にも慣れてきました。国庫の管理と、インフラ整備の計画も任されるようになってきて…。今度、ラーヌ地方の水道設備を新たに作るために視察に行く予定です。」






お兄ちゃんの「ラーヌ地方」という言葉にびっくりし、ナイフを落とした。


「ラーヌ地方?あそこには喉の痛みによく効く花が咲いてるんだよ!ずっとずっと行きたかった場所なの!私も連れて行って!」


ミイがナイフを拾って新しいナイフを置きながら私のほうをにらんでいるが、今はそれどころではない。私は興奮して身を乗り出した。ラーヌ地方には喉にとてもよく効くと言われる花がとれるらしく直接見てみたかったのだ。






しかしお兄ちゃんは困った顔をしている。


「いや、これはあくまで仕事だからな…。視察には色々と規則があって、勝手に妹を連れて行くのはなあ。」


私はがっかりした顔をしたが、次の瞬間、お兄ちゃんが小さく笑って続けた。


「ただ、プライベートで行くなら問題ないな。視察の前乗りだと思えばいい。今度の休日に二人で行ってみるか?」


突然の提案に、私は目を輝かせて喜んだ。


「本当!?お兄ちゃん、ありがとう!絶対に行きたい!」






お兄ちゃんは私のあまりの喜びように少し押されながらも、嬉しそうに笑っていた。お父様もそのやり取りを見て、微笑んでいた。


「まあ、二人で行くのはいいが、ララ、礼儀作法を忘れるなよ。どこに行っても公爵家の娘としての自覚を持つことが大事だ。」


「はーい。わかってるよ、お父様。」






そう返事をしたものの、私は頭の中で、すでにラーヌ地方の花々のことを想像していた。やっとほしかっ花が手に入る!と思うと、休日が待ち遠しくて仕方なかった。






ーーーーーー






朝の陽射しが優しく差し込む中、ララは鏡の前でミイに支度をしてもらっていた。


ミイが器用に彼女の薄いピンク色の髪を後ろで三つ編みにし、すっきりとまとめてくれた。


淡い紫色の瞳がワンピースと絶妙に調和していて、白とローズを基調としたその服は、とっても気に入った。加えてミイが、麦わら帽子を軽く頭に乗せ、ほんの少し化粧をしてくれた。






「ミイ、ありがとう!今日の髪型も、この服もすごく気に入ったわ!」




ララは鏡に映る自分を見て、満足げに笑った。町娘になじむようにと執事のルイスが用意してくれた服は思った以上に動きやすい。これで目立たず、ラーヌ地方を思い切り楽しめるだろう。彼女は楽しみで夜も眠れなかったことを、ミイに話しながら支度を整えた。




「昨日なんて、興奮して全然眠れなかったのよ!あのずっと直接見てみたかった花を見つけに行けるなんて!楽しみで仕方ないわ。」




ミイはそんなララの話を微笑みながら聞き、優しく仕上げの手入れをしていた。


「お嬢様、本当に楽しそうですね。お気をつけて、良い一日をお過ごしくださいね。」


ララは心弾ませながら馬車に向かった。








ーーーーーー






馬車の前でララを待っていたリオは、彼女が現れた瞬間、言葉を失った。


目の前にいるのは、天使だった。


薄いピンク色の髪が後ろで綺麗に三つ編みにされ、淡い紫色の瞳とシンプルなワンピースがララの魅力を一層際立たせている。


白とローズを基調にしたワンピースが、彼女の優雅さと無邪気さを絶妙に引き出していて、


軽くかぶった麦わら帽子もまた、彼女に可憐な印象を与えていた。さらに、薄く化粧をしているララは、


どこか純粋無垢さの中に大人びた雰囲気があり、心が完全に奪われた。




「……」






言葉にできない感動がリオの中を駆け巡った。ララは今まで見たどんなものよりも美しいと感じた。


三つ編みにまとめられた髪が麦わら帽子の下で柔らかく揺れ、淡い化粧が彼女をさらに魅力的にしている。


何か言わなければならないと感じつつも、言葉が出てこない。


「ん?お兄ちゃん?なんか私変かな?」


とララが異変に気付き、言葉をかけてくる。


やっとの思いでリオは彼女に笑顔を返し


「そんなことない。すごく似合っている」


と言葉をひねり出すと、二人で馬車に乗り込んだ。








馬車に乗り込むと、リオはララが退屈しないようにと、


お茶菓子や物語、さらにはカードゲームまで準備していた。片道2時間ほどかかる道中、彼女に楽しんでもらいたかったからだ。


「ララ、このお菓子はどうだ?料理長にララの好物を作ってもらったんだ。新しい本もあるし、カードゲームもチェスもあるぞ。」


といったが、ララは馬車に乗るや否や、薬草の本を手に取り、すぐに読みふけっており、リオの声は届いてないようだった。


少し残念な気持ちになりつつも、自分といるときにララがリラックスできているということだと言い聞かせた。


「まあ、ララらしいな。仕方ないか…。」






あきらめて、リオは自分の仕事に取りかかることにした。今日はラーヌ地方の水道設備設置のための視察が主な目的だ。


彼は計画書を再度確認し、どこを重点的に視察するか地図と照らし合わせてリストアップした。






馬車が走り続けて、やがて一時間ほど経過した。


ふと顔を上げると、ララが膝に本を落として、うたた寝をしていることに気づいた。


彼女の穏やかな寝顔が可愛らしく、リオは思わず目を奪われた。なんてかわいい生き物なんだ。やはり天使だ。


リオはそっと手を伸ばし、ララの頬を軽く触れた。


その柔らかさに驚き、心臓がドキッとする。彼女の頬はふわふわで、あまりにも心地よくて、彼の心は一気に加速した。






「お兄ちゃん…?」


ララが少し目を開けて、彼の名前をつぶやいた。


リオは我に返り、慌てて手を引っ込めた。冷静を装い、ブランケットをそっと彼女にかけてやる。


「つくまで寝ていなさい。」






ララは眠気の中で小さく頷き、再び目を閉じて眠りに戻った。リオはそんな彼女の寝顔を見つめ続けていた。


ララの無垢な寝顔に心を奪われながらも、ララを大事に思う気持ちがますます強くなっていくのを感じていた。






やがて、外の景色に目をやると、黄金色に輝く美しい小麦畑が広がっていた。


ラーヌ地方の景色が彼の目に映る中、リオはふと思い出した。


そういえば、ララが言っていた喉に効く花って、どの辺に咲いてるんだろう…。聞き忘れたな。


そんな考えが頭をよぎりながら、リオも次第に目が重くなり、穏やかな眠りに落ちていった。


隣で静かに眠るララの存在を感じながら、リオは安心感に包まれていた。

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