第56話 福岡空港の攻防
後日、私と紫乃さんは福岡空港までやってきた。
羽犬さんはカフェを臨時休業にして屋敷を守る対策を取ってくれている。夜さんはついてくると言い張っていたけれど、一度尽紫さんに掌握されたことがあるので危険と判断、羽犬さんと一緒にいて貰うことになった。
リニューアルが続きどことなくまだ真新しさを残す空港、その到着口に贄山隠はやってきた。ビデオの中ではダブルピースでひどい有様だった彼だが、表向きは平静を装った姿で現れた。羽織袴姿の襟元や手首から覗く、謎の黒い紐は、なんとなく緊縛を思い起こさせる感じだったが今はそれを気にしている場合ではないだろう。
あの会社のホームページでの強気そうな顔つきが噓のように、贄山は痩せこけていて、私たちを見るとぺこぺこと頭を下げてお土産の包みを手渡してきた。
「あの、お迎えありがとうございます、これお土産の名菓東京ひよ子」
「ああ、わざわざ恐れ入りますこちら博多ひよ子です」
「本当に同じひよ子なんですね博多ひよ子」
「私も初めて見ました。同じひよ子ですね、東京ひよ子」
謎のひよ子交換を済ませたところで、私はふと、彼がひとりなのに気づく。
「あれ、尽紫さんは……?」
「いつまで閉じ込めてるのぉ? もう体ばきばきなんだけどぉ」
私の声とほぼ同時に、可憐な女の子の声が響く。
トランクから長い黒髪が飛び出す。
それだけで、贄山が悲鳴をあげて土下座した。
「ひいいいっ! も、申し訳ございません尽紫様、どうか、どうか」
ざわめく福岡空港到着口。私はとりあえず笑顔でまあまあと言う。
紫乃さんはトランクを見下ろして硬い表情をしていた。
「……尽紫。わざわざ遠方の贄山をたぶらかしてまで楓に危害を加えても、意味はなかった。もう諦めてここから出ていってくれ」
ふわっと、場の空気が変わる。紫乃さんが複製神域を展開したのだ。
彼女はトランクの中から笑う。そしてかちゃりと音を鳴らし、トランクの中から出てきた。
素裸の幼い美少女は、恥じらうこともなく腕を広げてうんと伸びをする。
紫乃さんが真顔で彼女に上から何かをかぶせる。
猫耳でふかふかの、体の線を拾わないポンチョだ。
「もう。邪魔よこんなもの」
「今だけでも着ていてくれ」
紫乃さんはまっすぐ彼女を見て言った。
「姉さんと呼んでくれないの? 到着早々に出ていってくれとは、ずいぶんなご挨拶ねえ?」
彼女が指を弾くと、ひよ子たちがバリバリと包装紙を破って出てくる。
彼女は一匹捕まえて、ぱくりと一口に平らげた。
「私も筑紫の土地神なのだから、故郷に帰ってくるのが悪いなんて言わせないわ。私が気に入らないのなら、楓ちゃんを自分で守ればいいんじゃないの?」
「守るために、ここで尽紫を追い返すしかない」
「……ふうん? そう」
ぴんと、尽紫さんが指を弾く仕草をする。複製神域が消えたのを感じた。
そして周囲の人を見ながら、彼女は贄山の土下座する頭を指さす。
「贄山ちゃんの内臓、ここでぶちまけちゃっていいの? 覚悟はできてる?」
「ひぃぃ!」
神域を消して内臓の話、これは完全に脅しだった。
彼女は藍色の瞳をきらきらさせ、紫乃さんを見つめて言った。
「何か美味しいものが食べたいわ。紫乃ちゃん、案内してくれないかしら?」
「……うどんでいいか」
「うどんね、昔もあったわね、懐かしいわ!」
彼女は嬉しそうに微笑む。
「贄山ちゃんとはおそばばっかり食べてたから、やわやわのうどん食べるの久しぶりなの。贄山ちゃんにも食べさせてあげましょ? ね?」
「は、はひぃ……」
贄山さんはうわずった声で答えた。
「資さんは関東出店していただろう、そっちで食え」
「あらやだ、この物語が脱稿された段階では資さんの関東出店はまだだったのよ」
「よかったなおめでとう、資さんは期間限定都内出店で長蛇の列で売切御免したうえに、何店舗もこれからできるぞ。お前がいたのはどこだ? 探してやる」
「ええー、私がいた地名言うの? それって地名上げた土地を悪く言うことにならない? だからわざわざ関東某所ってごまかしてるのに」
「確かに配慮が足りなかった」
「でしょー、ちなみに私が贄山ちゃんといっしょにいたのはね」
「さらっと言おうとしないでください! もう私、口の形で分かっちゃった!」
「あぶないな」
「あぶないですね、このままでは関東各地にご迷惑をかけかねない」
「他地方に風評被害を巻き起こすわけにはいきません」
私と紫乃さんは顔を見合わせ、頷いた。
これ以上到着口にいるのは、福岡の治安のためにも関東某所のためにも、あまりよくなさそうだ。
そんなわけで、私たちは空港傍の牧のうどんでうどんを食べた。
博多駅のバスターミナルの方の牧のとも悩んだのだけれど、地下鉄空港線博多駅の長いエスカレーターを、歩くセンシティブに歩かせるわけにはいかない。なんせポンチョの中は全裸だ、はいてない。博多の治安にかかわる。
と言うわけで車で牧のうどんにつけたのだった。
カウンター席に四人で並んで座って、次々とゆで上がる美味しいやわやわうどんを眺めつつの食事だ。顔色の悪い贄山隠(27)が一番角で、隣に尽紫さん、紫乃さん、私の並びだった。
肉うどんを食べながら、尽紫さんが紫乃さんをびしっと箸で指す。
「率直に言うわ。楓ちゃんと縁を切ってちょうだい」
「はいわかりましたと切るわけがないだろう、いい加減諦めておとなしく寝ていてくれ尽紫」
「生意気ね、姉さんと呼びなさいな」
そもそも、と尽紫さんは唇を尖らせて言う。
「巫女なんて、つまらない箍でしかないわ。縛られるのがお好きなら私が縛ってあげるのに」
「お断りだ」
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