第55話 贄山隠(27)ダブルピースビデオレター
天神をあげての大修行イベント終了後。
一週間ほどして紫乃さんが羽犬さんのカフェで動画を再生した。
動画でメッセージが届いていたのに、紫乃さんが気づいていなかったのだ。
例のトラック引き回され呪詛師、贄山隠(27)からのビデオメッセージが届いていたのだ。
立ち会ったのは私と羽犬さん、夜さん、カフェの鯉さん、たまたまカフェに居合わせたあやかし&神霊の皆さんだ。
メッセージアプリに届いた動画の、再生ボタンを紫乃さんが押す。
ダブルピースを作らされた泣き顔の贄山隠さんの姿が現れた。
「よ、よかった……お亡くなりでなかったんですね」
「なんだ楓、ずっと気にしていたのか」
「気にしますよ! 丁寧に轢いておいて気にしないではいられませんよ、さすがに!」
「呪術師は四トントラック程度では簡単に死なないよ。適度に弱らせた後に他の勢力に食わせて隠滅するつもりだったんだがなあ」
「だから言ってることえぐいですって紫乃さん」
道義上間違いなく、まったくもってよろしくない。神様って怖いなあと思っていると、泣き顔ダブルピースの贄山さんが、ビデオ越しに私たちに訴えてきた。ようやく本番だ。
『先日は大変申し訳ございませんでした。ひぐっ……わ、私の不徳のいたすところで、土地神様に巫女様のお手を煩わせてしまうどころか、わざわざ土地神しゃまにご、ご足労いただき、お仕置きして……ヒッ……いただく、ことになり、みゃ、誠に申し訳ございません……ひぐっ……』
成人が舌足らずに涙と鼻水を流しながら、ダブルピースで文面を読まされているのはなかなかに見ていて辛い。
贄山は画面外の何かに怯えているように見えた。
『わひゃ……私が愚かにも利用していた土地神やあやかしの皆様には謝罪の上、私の霊力を全て捧げることで一生を償わせていただくことになりました。あの、いや本当に……私はなんと愚かなことをしていたのかと……反省しておりまして……それでもとても私の罪は拭え……ましぇんので、今は尽紫様の奴隷として仕えております』
尽紫の名に、紫乃さんが小さく身を乗り出す。
そして贄山は小さな女の子の素足によって唐突に、画面の外に蹴り出された。
ひぐっと呻き声が聞こえたあと、贄山の背にどっかりと、華奢な美少女が乗った。
素肌を長い黒髪だけで覆った、AIを疑うレベルの美少女だ。
それがAIに見えなかったのは─紫乃さんと、かなり似た顔をしていたから。
「この人が……尽紫さん……」
夜空のような藍色に青い光が散った瞳で、彼女はカメラをじっと見つめて微笑んだ。
『はあい、この四角い板に話しかけると、紫乃ちゃんに届くって教えて貰ったの。見えてる?』
四角い板とは動画を撮っているスマートフォンのことだろう。彼女はこちらにしばらく手を振ってにこにこして、その後急に機嫌を悪くしたように唇を曲げると、自らぬらぬらと動く長い髪で、這いつくばって椅子にさせられた贄山の首をひねり上げた。
『ぐええッ』
『ちょっと、紫乃ちゃんのお返事ないじゃない、壊れてるの?』
『ちがっぐえっ……あが、その、違います、それはッ、っ録画でっ』
『ろくが? 何言ってるのか意味わからないわ? 私を騙すつもり?』
『あひーっ、あの、違います、と、とにかく話していただければ、送りま……っぐええ』
『ふん、騙したらまた内臓出してあげるんだから』
彼女は髪で首を締め上げたまま、こちらににっこりと笑顔を向ける。
隣で羽犬さんが「出したんだ……内臓……」と青ざめて呟いている。
『とにかく、贄山くんがそろそろ壊れちゃいそうだし、飽きちゃったから遊びに行くわね紫乃ちゃん。楓ちゃんにもよろしくね』
最後は贄山の凄絶な悲鳴で終わった。しんと静まり返ったカフェで、みんなで顔を見合わせた。
夜さんは毛を逆立てて羽犬さんの腕の中で丸まってる。
「あれが来るのか……」
怯える夜さんの頭を撫でながら、私は紫乃さんを見た。
「土地神のパワーで福岡出禁にできないんですか、二人とも」
「できるんだけど、今回は俺と同格の尽紫が一緒に来るから厳しいな。まあいつまでも逃げられる相手でもないし、早く決着をつけて落ち着こう」
夜さんが毛を逆立てたまま言う。
「一番タチが悪いのは身内だな。お家騒動にはかつての主も難儀していた」
羽犬さんも夜さんを撫でながら、やれやれと言わんばかりに肩をすくめた。
「紫乃が元気な限り、尽紫様も消えんのが厄介よなあ。俺はもう思い出したくもなかよ、あの人のこと。あーえすか」
私は周りの皆さんを振り返った。
「尽紫さんに会ったことがあるのは、ここでは羽犬さんと紫乃さんの他には?」
居合わせた他のあやかしさんたちがちらほらと返事をしてくれる。若いあやかしさんは知らないようだ。
紫乃さんが説明してくれる。
「尽紫の分け御魂が動き出すのは三百年ぶりくらいかな。ちょうどここで言うと、夜が生まれた頃くらいに前の分け御魂が封印されたんじゃないかな」
「そっか……って、もしかして私が生まれるときに合わせて出てくるんですか?」
「だいたいな」
紫乃さんがしかめ面で頷く。羽犬さんが夜さんをあやしながら言った。
「だってそりゃそうよ。封印した尽紫様が動くくらい紫乃が元気になるときは、楓ちゃんがいるときくらいやけんな」
「……そんなに私が生まれると、浮かれるんですね?」
「当然だろう。楓は俺の巫女なんだから。神はそういうものだよ」
紫乃さんは微笑んで私の頭を撫でた。嬉しいと思うと同時にやっかいだと思った。
つまり─私に彼女をなんとかできる力がなければ、本当の意味で紫乃さんの安寧は来ないのだ。
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