第57話 神様はつゆを全部飲んでも塩分過多にならない
「人間と共存なんて気持ち悪いことだわ。久しぶりに目覚めたけれど、人間社会って結局気持ち悪いだけじゃない……寝ている間のなんなのあれ、明治維新ってやつ。ずいぶんな友達が居場所を奪われていて腹が立ったわ……はあ」
私の距離でも怒りの圧が、彼女の吐息から感じられる。
「邪馬台がしゃしゃり出て以降、筑紫の島も終わったわ。神は人間如きの朝廷の駒となり、生殺与奪権を握られて、私が封印されて以来、目覚めるたびに神の凋落はひどく、情けない限りだわ、だからこんなのが
尽紫さんは言いながら、隣に座る贄山の足を蹴る。
贄山がひぐっと呻くのが聞こえた。
「神は特別な存在ではない、ただそこにいるだけという意味では人間より弱いよ」
紫乃さんが冷たく言い切る。
「旧き世から人間を弄び生きてきた側だった俺たちが、反逆されないのがおかしい話だ。人間同士でも神同士でも、強者が弱者を虐げ、中央が裾野を平定するのは同じことだ。ただの新陳代謝だよ」
「な……!」
尽紫さんが怒りをあらわにする。紫乃さんはうどんを啜りつつ、冷淡に続けた。
「その流れに逆らい生き続けたいのなら処世術は当然必要だ。俺には旧き神として、現代社会の中で神霊やあやかしの居場所を作り続ける責務がある。だから尽紫のように無責任にただ暴れて禊ぎ祓いされるわけにはいかない。土地神の責務から逃げたいのなら、尽紫はおとなしく寝ていてくれ」
尽紫さんが拳を震わせている。
そしてふう、と溜息をつき、思いっ切りどんぶりを持ち上げてうどんを全て平らげる。たんっとどんぶりを置き、紫乃さんを見て微笑んだ。
「……偉そうなこと言ってるけれど、あなたは楓を守れなかったじゃない。今までも。あなたはやっぱり、口ばっかりで頭でっかちの可愛い弟だわ」
「可愛い弟で結構。ヒステリックな姉よりましだろう」
「そういう反抗的なところも可愛いわ」
「生きていれば可愛げくらいは身につけるものさ。尽紫もそろそろ服を着ることを覚えたらどうだ?」
「服なんて神には蛇足よ。神はそこにあるだけで完璧なのだから」
なんだか似たようなことを言う
紫乃さんも上品にうどんを一滴残らず平らげ、とんとどんぶりを置いて答えた。
「完璧ならばどうぞ勝手に。自分を知りもしない余所の男を騙して弟にちょっかい出して遊ばずとも、好きに上京して楽しく過ごせばいい」
「……」
「……」
二人は黙って顔を見合わせている。
私は抜け出し、四人分のお勘定を済ませて笑顔を作る。
「ま、まあとりあえずお店出ましょう、ねっ!」
「そうね。行くわよ贄山ちゃん。ちなみにそこに置かれたやかんに入ってるうどんのつゆは全部飲んでいくのがマナーよ」
「ううう噓教えないでください尽紫さん! ダメです!」
私は大慌てで店から三人を出した。
駐車場にて複製神域を開き、紫乃さんは尽紫さんに対峙する。
目配せされ、私もはやかけんで巫女装束を装着して、神楽鈴とはやかけんを構えた。
「話は平行線だ。前回は隙を突かれたが、今度こそお前を祓わせて貰う」
「私をあなたが祓えるのかしら? あなたが鍛えたとっておきの
「─やはり、お前がやったのか」
紫乃さんの周りの空気が冷えていくのを感じる。怒りが、静かな彼の体から噴き出している。
尽紫さんはしばらく彼を真顔で見ていたが、すぐに両手を上げ、降参のポーズを取った。
「負けよ負け。冗談よ。……今の私があなたと正面からぶつかり合って、勝てるなんて思ってないわ」
あっさりと負けを認め、尽紫さんは笑顔で贄山さんを私たちの前に蹴り飛ばす。
お腹いっぱいになったところで蹴り飛ばされ、贄山さんが泡を吹きながら呻いた。
「分け御魂としてこの体が実体化したあと、私は私と紫乃ちゃんを知らない連中の多い関東に向かったわ。そこで関東のあやかしや神霊を蹂躙して私腹を肥やしていた
尽紫さんはぺろ、と舌を見せる。舌には赤い勾玉があった。
見た瞬間、紫乃さんが身を乗り出す。
「これは楓ちゃんから奪った、十八年分の記憶よ。私には必要ないから、紫乃ちゃん、返してあげる」
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