第52話 私、紫乃さんに
「楓! 何をしているんだ!」
「……ごめんなさい」
私は紫乃さんの首に腕を回し、素直に謝る。
「見晴らしがいい風上のここなら、風に乗ってまんべんなく力を分けられるかなって」
「そうか。……霊力の総量自体は記憶喪失前と変わらないから、霊力全部を解放して思いっ切りぶっ放したら、以前と同じだけの禊ぎ祓いができると思ったんだな?」
「そういうことです」
「ばか」
親の顔で、紫乃さんは叱る。
「やる前に相談しなさい! 霊力捨てたら普通の人間なんだから、死ぬぞ!」
「刀ぶん回して追っかけてた人が、そんなこと言います?」
「言います。俺が斬っても凄絶に痛いだけで、命に別状はないからな」
「痛いのも嫌ですよ」
私は紫乃さんに身を預けた。
会話すらけだるいほど、体力気力全てを使い果たしている。
「紫乃さんが絶対助けてくださると思ったので、できました。山肌も、木々も、紫乃さんの手足なんでしょう?」
「それは……助けるが……」
私たちを心配するように木がこちらを気遣うように揺れている。
山肌からは埴輪がたくさん出てきては私たちをオロオロと見上げている。
紫乃さんはしばらく黙ったあと、溜息をついて私をきつく抱きしめた。
「まったく、楓は……本当に……人間なんだからもう少し、体を大切にしなさい」
「心配かけてごめんなさい。次はもっと違う手で勝てるようにします」
「違う手で勝てるように……って……」
紫乃さんがようやく気づいたらしい。
夕日色の綺麗な瞳が、みるみる丸くなった。
私は手に、最後の紫の五色布を持っていた。
「ずるくてごめんなさい。どうしても勝ちたかったんです」
「どの隙に取った?」
「地面に落ちる寸前、紫乃さんが私を抱き留めてくれたときです」
「首に腕を回したとき、そのまま取ったのか……」
紫乃さんが眉を下げる、困った子どもを許すような眼差しで、優しく微笑んだ。
「いや……よく考えた。太宰府の禊ぎ祓いもしっかり行って、命がけで俺に勝とうともがいたのは十分に評価に値する。楓の勝ちだ」
紫乃さんが私を称えるような笑顔になった。
そのまま太宰府天満宮の参道に降り立つ。
先ほどは恐ろしい姿をしていた神霊さんやあやかしさんたちが、少しすっきりした顔色で私に拍手を贈ってくれていた。
「……修行お疲れ様。打ち上げに帰ろう、楓」
「はい」
紫乃さんは身をかがめ、私の額に唇を寄せた。
恋愛のキスというよりも、愛おしくてたまらない生き物に愛を捧げるような、優しいものだった。
私は紫乃さんの綺麗な、薄い唇を見上げながら思う。
この人と、恋の気持ちでキスする日は来るのだろうか。
来たとしても来なかったとしても、どちらでもいいと思った。
ただ紫乃さんにキスされて嬉しい、その真実だけがあればいい。
「しのさん……」
「ん?」
「わたし……しのさんにキスされるの……うれしいです……」
寝ぼけながら告げた言葉を聞いて、紫乃さんが優しく微笑んでくれたのを感じた。
「おやすみ、楓。……愛しているよ」
紫乃さんの顔が近づいた気配がする。私はそのまま、気絶するように眠りに落ちていた。
◇◇◇
天神中央公園では引き続き、複製神域のアフターパーティが開催されていた。
夜間部のイベントでは、いろんなアーティストが歌っている。
どうやら現実世界でもメジャーデビューしているアイドルや歌手も多くいるようで、すごいことになっていた。
「うあああああ! ファンサして!!」
人魚さんの一部が泣きながらスマホを構えてうちわを見せている。手ブレせずに撮影しながら片手でうちわとペンラを巧みに出す達人芸はすごい。
今回の大盛り上がりで食材も福岡どころか九州各県から飛んできているらしく、フードコーナーは大にぎわいだ。
私は隅のほうのテーブルでご当地フルーツが山盛りにのっかった「パフェ・七つ星」を平らげていた。目の前では紫乃さんが、ピンクの液体が入ったシャンパングラスを置いて私をながめていた。
「それお酒ですか?」
「苺のシャンメリー」
「まぁた可愛いものを……」
紫乃さんは私が腰にぶら下げた神楽鈴を眺めた。
「五色布、少し扱いを思い出せたみたいだな。おめでとう」
「ありがとうございます。まだ使い方わからない布ありますけどねえ」
緑色の布はダウジングくん。捜し物を探知してくれる。
黄色の布は箒くん。空を飛べる。
赤色の布は諸刃の剣くん。禊ぎ祓いできる諸刃の剣になってくれる。
あとの二本、白色と紫色はまだ使い方がわからないままだ。
「いつかわかるよ。言葉で説明しても使えない。楓にとって必要なときに形になる」
「楽しみだなあ」
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