第51話 捨て身の浄化

 紫乃さんは屋根の上で真顔になり、私を見て再び刀を出した。


「作戦は結構だが、楓をこの場所に長居させられない、行くぞ」


 紫乃さんの斬撃が私へと向かう。

 そのとき神楽鈴の赤い五色布が、ピンッと鋭く尖った。諸刃の短剣だ!


「ッ……!」


 握った瞬間、体が自動的に紫乃さんの刀を受け止める。ほう、と紫乃さんが笑う。


「ちゃんと使い方をわかってるじゃないか、楓」

「いやあ、昔の私に感謝ですね……!」


 私は短剣で刀を受け止め、紫乃さんへと斬りかかる。完全に自動で動いている。

 危ない! と思うものの、紫乃さんに当たっても体に傷はつかなかった。

 ただ光になって、ふわっと体に突き刺さる。


「楓。その剣は護身用だ、傷つけるのではなく断ち切る剣だ。迷いや邪念、穢れをな」

「なるほどですね……」

「だからおれには効かないよ、楓」


 紫乃さんが微笑んだ。

 あまりに綺麗で、刃を交えている状態なんて思えない。

 その笑顔に見とれた瞬間、私は紫乃さんに吹き飛ばされる。


「ひゃあ……ッ!」


 私は宙を舞う。足下の景色があっという間に遠のき、私は太宰府を見下ろしていた。

 一瞬、景色に目を奪われる。しかしすぐに紫乃さんが追いかけてきた。


「楓」

「あっ……!」


 よそ見をしている間に、紫乃さんが目の前まで近づいてきた。

 私は四王寺山にぎゅっと箒くんの進路を決め、山肌の木々に当たるすれすれを飛ぶ。

 ここなら紫乃さんも刀を振るえないはず、と思ったけれど、なぜか木々は次々と私に枝を伸ばして搦め捕ろうとしてきた。悲鳴をあげる私に、紫乃さんは呆れたふうに言った。


「言っただろ、俺は土地神だって」

「き、木すら紫乃さんの手足……!」


 私は上下左右に避け回りながら、なんとか木々の猛攻を回避した。

 ぱっと開けた山頂に出る。そこは展望台のようになっていて、平らに整地された空間には石碑が築かれ、季節外れの桜が満開だった。


「岩屋城、跡……」


 複製神域だからこその幻想的な景色だ。見晴らしのいいそこの手すりに降り立ち、箒くんを消した。

 紫乃さんが私のもとにやってきた。宙に浮かぶ彼の手に刀はなかった。

 今の私では刀を受け止め切れないと判断したのだろう。実際私は息を切らしている。霊力も多分、そんなに残ってはいない。


「……終わりだ、楓」


 紫乃さんは私に手を差し伸べる。

 私は不安定な場所に立ったまま、じっと紫乃さんを見た。


「あの、一つだけ聞いてもいいですか?」

「ああ。なんだ」

「今の私に、皆さんを癒やすことはできますか」


 眼下に広がる太宰府の景色を見下ろす。

 私が見た、太宰府のあやかしや神霊たちのことだとわかったのだろう。紫乃さんは首を横に振る。


「今の楓ではまだ考えてはいけない。飲み込まれてしまう」

「以前の私なら、できていたのですか?」

「霊力の総量は足りていても、まだまだコントロールは完成していなかった」

「そうですか……」


 私は構えていた神楽鈴をストラップで腰に下げる。

 もう抵抗はしないと思ったのだろう、紫乃さんも無理に私の花を散らしに来ない。

 風の音しかしない。ただただ、静かだった。


「私、まだ未熟です。全てを助けることなんてできないし、紫乃さんにもみんなにも、たくさん心配をかけてしまうくらいに。それでも私を頼ってくれる、救われたいと思ってくれる神霊さんやあやかしさん、魂さんたちがいて……とても、ありがたいです。『きっとわたしなら救える』と思われるのは、嬉しい」


 私は傍にある石碑を見た。

 ここも他の場所と違わず、戦の激戦地だったようだ。時代に居合わせた人々の苦労や悲しみがどんなにすさまじいものだったのか、現代を生きる私が想像することすらおこがましい。

 そんな彼らが魂の浄化を、救いを、私に求めてくれる。

 頼られるなら全力を尽くすのは、巫女としての矜持だ。

 だって私も紫乃さんに救われて、育てられた。

 神の愛をたっぷり貰った巫女として、やれることはしたい。

 紫乃さんが神妙な顔をして私の横顔を見ている。


「だから、今しかありません」


 私は隙をついて、手すりから宙に飛んだ。箒くんを出さずに、身一つで体を放る。

 自由落下する私に、紫乃さんが目を見開いた。


「楓!」


 紫乃さんが追いかけてくる。

 搦め捕られる前に、私は空に向けて両手で四角を作り、全身全霊で霊力を解き放つ。


「いっけえええええ! 降り注げ、私の全身全霊ビームッ!!」


 手元から光が空へと一直線に舞い上がる。分散され、太宰府中に光は散っていく。

 シャワーのように降り注ぐ、暖かな霊力の雨だった。

 大牟田の商店街でやった技と同じだけど、今回は天井ではなく、空に拡散を託した。光の雨の中、意識が飛んでいく。

 山肌に叩きつけられる寸前、紫乃さんが私を横抱きに確保した。

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