第49話 記録にない、神様
私はビームで一直線に道を作り、神楽鈴とはやかけんを両手に全力疾走する。
黄色の五色布がピンッとまっすぐ棒になる。最後に羽犬さんから貰ったものだ。
棒を握ると、ふわっと体が棒に引っ張られた。
「うわっ!」
魔女の箒のように、棒は私を引っ張って土地神の力の渦から抜け出させてくれる。振り落とされないように慌てて棒、改め箒くんに跨がり、空に上がりながら振り返る。
紫乃さんを中心に吹き出す手が、私を飲み込まんと襲いかかってくるのが見えた。
「に、逃げないと!」
私は空を駆けた。
魔女のように優雅に箒に跨がる余裕なんてない、ただただ棒にしがみつく。さっき羽犬さんにドライブに連れていって貰っていてよかった、高度があってもなんとかなると思える。
みるみる天神中央公園が小さくなり、街がどんどん離れていく。
「一旦体勢を立て直して、と……」
私がほっと息をついた瞬間。
「ふふ、気を抜いている暇はないよ、楓」
耳元で囁かれる。
はっと身を翻すと、そこには梅の枝に足を組んで座る紫乃さんの笑顔があった。
「こ、ここは地面からだいぶ離れてるじゃないですか、土地神様なのにどうして」
「彼女、久しぶりに空飛びたいって」
「と、飛び梅さんこんにちは……?」
「逃がさないよ」
長い稲穂色の睫毛に覆われた、透き通った夕日色の瞳─本気だった。
「ひゃっ……!」
あっと思う間もなく、私は思い切り風圧に吹き飛ばされる。元寇を撃退した神風だ。
「っ……!」
箒くんが落下速度を弱めてくれたおかげで、私はなんとかごろごろと公園傍の空中庭園に転がり落ちた。
「あたた……」
空中庭園の森が衝撃を緩衝してくれたらしく、特にダメージはない。
いや、緩衝されるような場所に吹き飛ばされたのか。
梅の花を散らしながら、紫乃さんが降りてくる。夢のようだと思った。
私を見下ろして刀を抜いていなければ。
「は、刃物……」
「古い神だから、こういう工芸品は自分では出せないんだが、珠子さんに借りてきた」
「ひいっ……」
「楓、かかっておいで」
声は怖いくらい穏やかだった。
あの強さで私を吹き飛ばした人とは思えないほどに。
「楓はいずれ否応なしに、凶悪な呪詛に怨霊、祟り神の禊ぎ祓いをすることになる。現行の神を鎮める機会もあるかもしれない。あやかしや神霊だけじゃない。要請があれば贄山のような不心得者を祓うことだってある。ならば今の楓の能力を少しでも伸ばしてやるのが、
その言葉は私に対する宣言でありつつ、同時に己に言い聞かせているように感じる。
あちこちについた葉っぱを払いながら、私は不敵に微笑んで返してやる。
「紫乃さんも結構激しいんですね。知りませんでした」
「嫌になった?」
「いえ、四トントラックで撥ね散らかす人が苛烈じゃないわけないですよ」
「そういうこと」
紫乃さんはふっと微笑んだ。
「休憩は終わりだ」
「っ! ……ビームッ!」
反射的に私はビームを飛ばした。しかしたやすく紫乃さんは避け、三池刀の刃が真横に飛んでくる。へたり込むように避けると逃げ遅れた千早の裾が、すぱっと切れたのが見えた。
「ひっ……!」
「座るな、隙が多い」
紫乃さんの顔が近い。
なぜ近い? と思った瞬間、反射的に私は枝を手で押さえて植え込みを転がる。箒くんで空中庭園の木々の間を縫うように、私は逃げた。
「……梅を散らすつもりだったんだ」
私は呟き、髪に挿した枝を押さえてぞっとする。
一瞬にして勝負が終わるところだった。本気だ。
「えーん、もっと手加減してくれると思ったんだけどなあ、……!」
飛ぶのも危ない。私は物陰に隠れ、懐から水引で作った鳥居を近くの木の幹に貼って先に進む。
事前に何かあったときのため、準備していたポータブル天満宮だ。
柏手を打ち、頭を下げて
「先生、ここから遠く、できればすぐに追ってこられない、どこかの天満宮に飛ばしてください!」
白い光の中に飛び込む。
そして、次の瞬間。
私はどこかの参道の石段、その階段途中に立っていた。
木々が生い茂って涼やかな参道を見回すと、すぐ近くに小さな摂末社がある。
どうやらその中に天満宮も合祀されているようだ。
天神地区からしっかり距離を取れたのか、まだ複製神域の構築がされていない現実の神社に立っているようだった。
「とりあえず休憩しよ……」
私は摂末社に挨拶を済ませると、本殿に向かって階段を上っていく。
境内を歩き、ふと目に留まった由緒書きに目を通す。そこには筑紫国について書かれていた。
筑紫国の由緒やいわれについて書かれているけれど、紫乃さんやお姉さんのことは書かれていない。
「ここは……やっぱり、紫乃さんを祀っているわけではないんだよね……」
由緒書きの冒頭は創建不詳の言葉と、渡来社集団による祭祀との関係性についての考察だ。
歴史の陰、今となっては曖昧な行間の部分に、紫乃さんのような神様はどれだけいるのだろう。
今覚えられて祀られている神様の中に、紫乃さんはいないという。
似ている神はいても自分とは別の存在だと言っていた。
紫乃さんを覚えていた人々は失われ、彼はただ「
─私だけを、巫女として遺して。
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