第48話 土地神様、本領発揮
「どういう意味でですか?」
「わかっとるやろ~」
霊力なのだろう、張り上げた声でなくとも、しっかりと耳に届く。
「まあ正直……多分、好き、だと思います」
「煮え切らん言い方やね?」
「だってまだ出会って二ヶ月ぐらいですよ、体感。それではっきり言うなんて、軽いかなって」
「他に恋する予定あると? なかやろ? 結婚するって決めたって言っとったやんか」
「あんな綺麗で完璧な人が傍にいたら、他で恋するなんて無理でしょう」
「そんなに完璧かぁ? あいつ」
「綺麗だし、優しいし、トラックの運転は荒いけど頼もしいし、説明は雑だけど責任は取ってくれるし」
「あっはっは、それを完璧って言えるんやったら、問題なかね」
羽犬さんは、少し笑って言った。
「出会って体感二ヶ月なんて、気にせんでよかよ。運命なんて目が合って一秒で決まるもんだし、出会っちまえばあとは、運命の答え合わせをしていくだけってね」
ずいぶんと実感の籠った言葉だった。
「……羽犬さんも、そういうふうに人を好きになったことあるんですか?」
「あ、俺の話聞くぅ?」
羽犬さんはにやっと笑う。
「話すの嫌じゃなかったら、すっごく聞きたいです」
「それはまた今度な。俺の恋バナ長かし」
「えー」
羽犬さんはバイクを停め、私を振り返って微笑んで見せた。
手にそっと乗せられるのは、黄色い四本目の五色布だ。
「貴重な今の時間をいっぱい楽しんで。何度でも生まれ変われるっつったって、今の楓ちゃんは今しかおらんし、紫乃も今の楓ちゃんとは今しか恋できんし」
「……そうですね。今の私は、今だけですもんね」
「そ。だから早く、
羽犬さんは笑うと再びハンドルを握る。
一瞬ふわっとバイクが持ち上がる。
「わっ」
そして─思いっ切り、バイクは真っ逆さまに急降下した。
「ぎゃーッ! ……!!」
私は羽犬さんの腰に思いっ切りしがみついた。
自由落下のふわっとした感覚と、風を感じる。
今日たくさん出会ったあやかしや神霊さんたちの顔を思い返す。
私の修行のために、こんなにたくさんの人たちが応援してくれている。
力になってくれている。
それは過去の楓(わたし)たちが積み重ねてきた信頼で。
みんなそれぞれの人生に、思い思いの歴史がありながらも、この街で今の人生を精一杯楽しんで過ごしてる。
私は拳をぎゅっと握った。大切な人たちのために、巫女として期待に応えたい。
過去も記憶を失う前も関係ない。今の私が期待に応えて、頼れる巫女になりたい。
空はうっすらと茜色に染まり始めている。日没が近づいていた。
◇◇◇
私と紫乃さんは、ステージから少し離れた、天神中央公園で向かい合っていた。
出し物のタイムスケジュールは全て終わり、どこか解散直前のけだるげなムードがただよっている。
私たちは人々の喧噪から、少し離れた位置に降り立った。
ギャラリーも注目してはくれているけれど、どこかまったりとした様子だ。
紫乃さんは目を細めて、私の髪の梅花を見た。
「ここまでよく頑張ったな、楓。梅の花もしっかり残ってる」
紫乃さんは襟を開き、首に直接リボンを巻いている。最後の紫の五色布だ。
「最後の試練は紫乃さんなんですね」
「本当は
隣に突如生えた梅の木が、いやいやと花を振って拒絶する。
「……というわけだから、俺が相手をさせてもらうよ」
「よろしくお願いします」
一礼して、ふと思う。
紫乃さんの武器といえば。あれだ。
「もしかして私、これから四トントラックに追いかけ回される感じですか?」
「あれが好きなら撥ね飛ばしてやるけど」
「好きじゃないです。嫌です。っていうか普通の人間なら撥ねられたら終わりです」
「楓は平気だよ? めちゃくちゃ痛いだけで。あの贄山でさえ生きてただろ」
「巫女ってそんなに頑丈なんですか!?」
「頑丈頑丈。トラック程度に負けてるようじゃ、俺の相手は難しいよ」
「ハードル高いなあ~」
私はもっと体を鍛えようと心に誓う。
私を鍛えたがってた英彦山の天狗さんに弟子入りしようかな。
「あれ、じゃあ紫乃さんは一体どうやって」
「……俺か? 楓は、俺が何者か覚えているか?」
「それは……土地神様、ですよね」
「ああ、土地神だ」
紫乃さんが微笑む。
スラックスのポケットに手を入れたままなのに、ふわっと明らかに周囲の空気が変わる。
「あまねく筑紫の御魂に告ぐ、足穂(あし ほ)の瑞穂の筑紫の島の、旧き神より願わくば、我が巫女楓の修練の助けとならんことを欲す─」
紫乃さんがそう呟いた瞬間、ふわっと地面が揺れた気がする。
まるで生きた獣が、目を覚まして背を揺らしたような。
「わ……!?」
次の瞬間、公園の芝生が隆起し、土が私を囲んでいく。
旬の筍が、私に向かって勢いよく槍のように伸びてきた。
「うわ、うわわわわっ」
巫女服に刺さりそうになるのを跳躍して回避する。
「土地は俺そのもの。楓もみんなも、俺の手のひらの上……」
紫乃さんは片手で掬い上げるような仕草をして、慌てる私すら愛おしむように微笑んだ。
「筍も梅も大地も息吹も、筑紫の全ては俺の手足だ」
「な、なんと……」
「
次の瞬間あたり一面から様々なものが一斉に吹き出してくる。
木々や花、草木や岩。
いろいろなものが絡み合って一つの塊となり、両手の形となる。
紫乃さんが己の手のひらを閉じようとする。
連動して、私は大地の手のひらに包み込まれた。
「うわっ、やっ、ビームしても紫乃さん大丈夫ですか!? 痛くないです!?」
「こちらを気遣っている場合か?」
紫乃さんはにこやかに笑い、ぱちんと手を閉じる。
「うわーん! ……はやかけん……ビームッ!!」
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