第47話 空と海と

「これは?」

「巫女だから踊るのが一番速く回復になるのよ。巫女神楽ってことで、三曲頑張って」

「待ってください、アイドルソングですよね!? しかも結構ハードなやつ!」

「古式ゆかしい神楽でもいいけれど、一曲が長いから回復に時間かかるしねえ」

「そういう問題!?」

「これなら約三分の曲を三回、計十分程度で全回復」

「簡単に踊れるやつよりも回復が速いのよ」

「そうそう、記憶を失う前の楓ちゃんをだいぶ鍛えたわあ」

「鍛えられてたんだ……」

「きっと体が覚えてるわよ、はいスタート!」


 言われる通り、確かに曲が始まると体が勝手に動く。

 神楽鈴をいい感じにしゃんしゃん鳴らしながら、自分でも驚く切れのよさで三曲を終了した。

 息が上がる。座り込んだ私に、人魚さんたちがぱちぱちと拍手する。


「体力落ちてんよ、楓ちゃん。またしばらくダンス付き合ってあげるね」

「あ、ありがとうございました……今後もよろしくお願いします……」


 立ち上がって頭を下げる私に、彼女たちは手を振って「いいよいいよ」と言う。


「いいよいいよ、お礼は気にしないでー」

「まあ、伝言伝えてあげた代わりに今度のチケ取り手伝って欲しいなあ」

「一緒にDVD観て欲しい。初見の楓ちゃんの新鮮な反応が見たい」

「そ、それくらいなら喜んで……」


 ふと、私は岸が見えなくなっていることに気づいた。天神よりもどちらかというと、志賀島や能古島のほうがはっきりと見えてきた気がする。


「あの……人魚さん、私どうやって戻ればいいと思います?」


 みんなが顔を見合わせる。

「先輩呼ぼっか」

「だね、先輩が適任だよね」

「先輩とは?」


 彼女たちは海の中に向かって、呼びかけた。


「冷泉せんぱーい!」


 突如、波が揺れる。

 船が怯えたように姿を薄くしていく。


「えっ嘘、落ちる、あわわわわ」


 海の中から、規格外の大きさの人魚が現れる。船は消え、私は彼女の両手の中に収められていた。


「こんにちは、今世では初めましてだね」


 おっとりと微笑まれる。どこか多国籍なムードのある、長い巻き毛とふわふわのマシュマロボディが魅力的な美女さんだ。博多の冷泉山龍宮寺には全長百四十七メートルの人魚が埋葬された伝説が残る。彼女もその同族なのだろうか、このサイズは。


「こ、こんにちは……」

「陸に行きたいのかな?」

「は、はい」

「えいしょ」


 彼女はなんてことないように、私を天神方面の空に放る。あとは飛べるよね? と言いたげな笑顔で、私に手を振って海に消えていく。


「うわーッ!!」


 複製神域といえど、重力はあるし落下はする。

 私は放物線を描きながら天神に落ちていく。

 もうダメだ。声にならない。どうしようもない。

 気絶しようとした刹那。


「はいはい、回収しますよっと」


 体が急にふわっと軽くなり、私は誰かの腕に抱き留められていた。


「羽犬さん!?」


 空中に浮いたバイクに乗った羽犬さんが、私を横抱きに確保してくれていた。


「お疲れぇ。頑張りよったねえ、えらいえらい」

「えーん、死ぬかと思いました」

「あはは、死なねえよ楓ちゃんは。死ぬほど痛かろうけど」

「それはそれで嫌だなあ」


 羽犬さんは私をバイクの後ろに乗せてくれる。黒い車体に金のラインが眩しい、流線型の美しいバイクだ。黒革のライダースジャケットを合わせて、犬耳の形に尖ったフルフェイスのヘルメットをかぶっていて、すっごくかっこいい。


「ところで今、花を散らさせてもらったんだけどさ」

「えっ!?」


「へへ、俺の願いも聞いてくれん?」

「どんなことですか?」

「時々今みたいに、空のドライブ付き合ってよ。ひとりで走るのもいいけど、楓ちゃんと一緒に走りたいんだよね」

「それは……別に、梅の花のお願い事にしなくてもお付き合いしますよ」

「楓ちゃんがよくても、紫乃がなあ」


 苦笑いする。


「紫乃にやっぱ遠慮するやんか。俺は楓ちゃんのこと可愛い妹みたいに思っとるけど、紫乃からしたら面白くねえ存在になりかねないし」

「そんなものなんですか? 一緒に暮らしてるし、気にしないんじゃ?」

「俺が気にするって話よ。っつーわけだから紫乃、よかよな?」


 羽犬さんがスマートウォッチに話しかけると、紫乃さんの声が聞こえた。


「相変わらず義理堅いな、お前は。だからこそ信用しているのはあるが」

「信用さんきゅー、愛しとるよ紫乃♡」


 紫乃さんの後ろのほうから、ひゅーひゅーと外野の声が聞こえる。


「誤解を招くだろうが。男二人で楓育ててるから、余計に妙な詮索されるんだぞ」

「だはは」


 私も紫乃さんに話しかけた。


「紫乃さん、人魚さんたちを連れて来てくださってありがとうございました」

「回復したか?」

「バッチリです!」

「よかった」


 紫乃さんの声が、少し柔らかくなった気がした。


「羽犬としばらくその辺うろついて、空気中の霊力をしっかり吸収してきなさい。羽犬からは吸うなよ、バイクが墜落するから」

「わ、わかりました」


 通話は切れる。バイクは心地よい速度で天神の上を走る。

 他の魔女さんや天狗さんよりも高い場所から見下ろす天神の街は、まるでおもちゃみたいだった。山と海に囲まれ、整然と並んだ町並み。中心を貫く那珂川。川と海が人と物の流れを生み、発展していった街─古代から栄えたのが理解できる立地だと思う。


「……気持ちいいなあ……」


 しばらく無言で風を感じていたところで、羽犬さんが私に話しかけてきた。


「……紫乃のこと、好き?」

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