第45話 出禁解除

 こうなってしまえば、しばらく休まなければ自発装填できない。

 私は気休めに神楽鈴をしゃんしゃんと鳴らしながら逃げる。きらきらとした魂たちは浄化されていってくれる。しかしみんなは私を追いかける。


「あそこだー!」

「鈴の音を目標にしろ!」

「す、鈴もやっぱりだめだ!」


 なるほど、私が神楽鈴だけでなくはやかけんも武器にしていたのは音のデメリットを解消するためかと知る。記憶を失う前の私はいろいろ考えて道具を整えていたようである。


「楓殿、苦労しておるな」


 観光客でいつも溢れてるラーメン屋さんの隣を通り抜け、川沿いの遊歩道をとにかく北へ北へと走っていると、私の体にふわっと打衣がかけられる。


「あ……海御前様」

「楓殿が気になって、クロールで流れに逆らって戻ってきたぞ」

「十二単でクロールできるんですね」

「平家の女房に不可能はない。ほれ、しっかり摑まれ」

「わわっ」


 いい匂いに包まれ、私は姫抱っこされる。

 お姫様に姫抱っこ! あれだけお酒呑んでてもお酒の匂いはせず、かぐわしい桜の匂いがする。平家の女房ってすごい!


 びっくりしているうちに、彼女はひらりと重力を感じさせない動きで飛び、那珂川へと舞い降りる。

 着水する瞬間、私は船に乗っていた。平家物語の絵巻にあるような船だ。


 船はゆっくりと那珂川を流れ、博多湾へと向かっていく。

 ポンプ場や美術館が通り過ぎていく。海風が心地よい、静かな空間だった。


 長い黒髪を靡かせ、風に目を細め、海御前様は言う。


「あわよし号。妾が親しうする船のあやかしじゃ。この子は楓殿に無体はせぬよ」


 私の乱れた髪を撫で、そして簪の花の数を確かめる。


「残り四つか。これならば大丈夫だな」

「ありがとうございます、力になってくださって」

「なに。妾はけなげなおなごを放っておけぬだけよ。修行を積んで海御前あやかしになったのも、海の藻屑と消えた平家の女房たちを末永く覚えて弔(とむら)いたかったのもあるしな……」

「海御前さん……」

「あと単純に、楓殿は赤いしのう」

「巫女装束赤くてよかった~」

「では」


 彼女は笑顔で海へと落ちる。

 そのまま十二単ですいすいと泳ぎ、岸へと消えていった。


「……さて、ひとり残されたけどどうしよう」


 私はあわよし号さんの中で両膝を立てて体育座りをして、遠く離れてしまった岸を見やる。

 早く霊力を回復するためにできることは何かないだろうか。

 その時、手元の神楽鈴の五色布、ダウジングくんがビッビッと反応し始めた。

 血相を変えて「後ろ後ろ!」とアピールしているように見える。

 後ろ……?


「お久しぶりですね」

「うひゃあ!?」


 後ろから耳元に囁かれ、ばっと耳を覆う。

 海風に髪と服を靡かせ、徐福さんが今にも梅の花を食みそうな位置で微笑んでいた。


「うわーっ!」

「惜しい。あともう少しだったのに」


 慌てて簪を手で覆い、私は船首まで後ずさる。

 船がぐらりと揺れて、徐福さんは私を引き寄せて笑った。長い黒髪には白い五色布が編み込まれている。彼も倒す相手なのだ。


「いけませんよ、落ちてしまいますよ。海よりも我に溺れましょう」

「溺れませんし、その、ここ福岡ですよ、あなた出禁になってるはずじゃ」

「出禁は解けました」

「解けたの!?」


 彼はゆったりした袖の中からスマートフォンを取り出し、私にビデオ通話の画面を向ける。

 そこには天神中央公園の長テーブルでスイーツと豚バラの串を食べている紫乃さんの姿が映っている。綺麗な顔と焼き鳥がまるでコラージュみたいに似合わない。


「し、紫乃さん、徐福さんいいんですか!?」

「ん」


 串を平らげぺろっと唇を舐め、紫乃さんがにっこりと笑う。


「敢えて解いた。正当な理由で加害できる場があったほうが、楽しいだろう?」

「そういう理由!?」


福岡ホームでは楓は徐福くらい撃退できる子だって、俺は信じてるよ」

「し、信頼が厚いのはいいですけどぉ……」


 今年のソフトバンクくらい期待しないで欲しい。

 そう思ってるとピッと通話が切れる。徐福さんがにっこりと微笑む。


「ね?」

「……紫乃さん何考えてるのぉ……」


 私が頭を抱えると、徐福さんはほほほと笑う。


「また会いたいって言ってくださったのはあなたではないですか、楓さん」

「言ってません! 温泉のお礼を言っただけです!」

「我は一生諦めませんよ、あなたのことを」


 口元を扇で覆って目を細め、徐福さんは言う。


「あなたを利用して不老不死の秘薬を量産化できたら、ごく微量に薄めて健康食品として、化粧品として、いくらでも売りさばいて儲けることが可能です。ふふふ、得た資金で温泉を全国チェーン展開するのも良いですねえ」


 彼が扇を閉じる。それを合図に、四方から鵲が飛んできた。


「ぎゃーっ! や、やめてー!」


 私は頭を庇いながら、神楽鈴をしゃんしゃんと鳴らす。

 鵲は神楽鈴の霊力で近寄れなくなるものの、撃退できるだけの力はない。


 船の上を倒つ転びつしながら逃げ惑う私を、口元を扇で覆って笑いながら徐福さんは見ている。

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