第39話 楓のかけら

 後日。

 朝食後に私は紫乃さんに、屋敷の敷地内にある蔵へと案内された。


「結婚を進める前に、一度姉を見ておいたほうがいいだろう。俺の一対だし」


 と提案されたのだ。

 蔵の中はしっとりと冷えていて、奥にはさらに地下に通じる階段が続いていた。三方の壁は漆喰に塗り固められ、階段は木で作られている。二人は並んで歩けないほどの狭い階段は、紫乃さんが足を踏み入れるとふわりと暖かな間接照明が灯る。


 紫乃さんの後に私と夜さん、最後に羽犬さんが続いた。

 階段をまっすぐ下に降りていくのはまるで、子どもの頃に図鑑で見たピラミッドの内部みたいだ。


「ここにはよく入るんですか?」

「いや、ほとんど入らない。あまり顔を見に行って喜ばせたら困るから」


 紫乃さんの気が重そうな言葉に、羽犬さんが笑う。


「俺は初めて入るよ。動いてるところには会ったことあるけど」


 三階ぶんほど降りたところで、開けた場所に出る。

 蔵の中を降りたはずなのに、そこには草原があった。

 空は青く、風も草いきれの匂いがする。


「ここは……」

「神域にさらに神域を重ねている。あそこにあるのが、尽紫の塚だ」


 指を差される方角に小高い円墳が見える。近くまで行くと、内部にまっすぐ入れるようになっている。通常の古墳のように石や土作りではなく、内部は灯りに照らされており、外から見てもわかる通り真っ赤だった。

 壁と床一面が、何かに覆われている。


「楓……ですか?」

「これまでの楓たちの霊力が形になったものだ。楓の葉に守られて、尽紫は眠っている」


 ドーム状になった空間、その天井から床まで、一面に楓の落ち葉で覆われている。透明な硝子で保護されているので、足を踏み入れても落ち葉は踏まないし、天井から落ちてくることもない。古墳と言うよりセレモニーホールといった感じだ。

 紫乃さんを先頭に、私、羽犬さんと夜さんと続いて奥に入る。

 真ん中に、楓の深紅に包まれて眠る少女の硝子ケースが鎮座していた。


「彼女が、俺の姉だ」

「……尽紫さん……」


 目を閉じた彼女の髪は黒髪で、光が当たる場所が淡い藍色に見える不思議な色をしていた。

 豊かな長髪は白装束を纏った体に絡みつくように伸びている。

 穏やかに目を閉じるその顔立ちは十四歳ほどの少女に見えた。


「妹さんじゃなくて、お姉さんなんですか?」

「俺も楓と契る前はこれくらいの年齢の姿だったんだ。俺は楓に出会って、この姿になった」

「出会って……どうして成長しちゃったんですか?」

「どうしてだと思う?」


 意味深長に微笑む紫乃さん。

 質問に質問で返されると思わなかったので、私は首を捻る。


「ええー……あっ、年齢の釣り合いが取れないから? 当時の私に合わせてくれたんですか?」

「ふふ」

「違いました?」

「いや、大体そんな感じだよ」


 紫乃さんは私の頭をぽんと撫でて尽紫さんに再び目をむける。私も改めて彼女を見た。

 男女の違いと年齢の違いもあって、似ているかどうかはわからない。現実感のない美形であることは間違いない。紫乃さんが私の後ろへと声をかけた。


「羽犬、それに夜。どうした」


 羽犬さんは夜さんをひしと抱っこし、二人してなんとも言えない顔をしている。


「いや……薄々気づいてたけど……これ想像以上にえぐいわ。普通のあやかしや神霊なら、正気を失ってもおかしくねえし」

「正気を保ってるだろう、お前らも」

「そりゃ俺らやけんな。でもえげつねえっっつの!」

「えげつないとは」


 私の質問に、羽犬さんが苦い顔で答える。


「……楓ちゃんの霊力だよ? この落ち葉。今まで輪廻してきた楓ちゃんの実質的な魂というか、なんというか……楓ちゃんの血肉がこう……びっしりって感じ?」

「げげ」


 それは確かに嫌だ。私は一面の楓の葉を見回す。


「私には綺麗な落ち葉にしか見えないんですが」

「巫女の血肉に筑紫の神の半身、長い年月で滞留した霊力……う……しばらくレバー食えねえ」

「だいぶんひどいんですね、ここ」

「なんつーか紫乃は……やっぱこーゆーとき、旧神なんだなと思わされるというか……感覚が俺ら若者と違うんよなあ」

「某は恐ろしい。筑紫の神は怖い」


 夜さんは一言呟くと、また毛玉になった。二人の反応を見るに相当ひどい場所なのだろうけど、紫乃さんが平気な顔で連れてきたということは、気にしなくてもいいのだろう。私は割り切ることにして、紫乃さんとともに硝子ケースの中を覗き込んだ。


「彼女は、今も眠っているんですね」

「ああ。生きている限り、悪さをしに分け御魂が生えてくる。毎回思いがけない場所に現れるから俺も事後対応しかできないんだ」

「今暴れている分け御魂をなんとかするためにも、私は早く強くならなくちゃ、ですね」


 紫乃さんは私の頭にぽんと触れ、いたわるようにわしゃわしゃと撫でた。


「頼るのは悪いが、頼りにしてるよ」

「頼ってください、巫女なんですから」


 私はむん、と拳を作って答えた。

 強くなりたい。

 紫乃さんを守れるくらい、紫乃さんが不安に思わなくていいくらい、タフに!

 毎日の走り込みと筋トレは欠かさなかったけれど、それだけじゃ足りないと思う。

 その後、蔵を出たあとに巫女装束を解き、私は紫乃さんに尋ねた。


「武道でも習ったほうがいいですかね」

「武道なあ。楓の場合、武道を習ったら勢い余って霊力で相手を吹っ飛ばしかねないから教えてなかったんだよな」

「それは……困りますね」


 強くなる方法を見つける。それが目下の目標だった。


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