第40話 はやかけんからビームしか出せない巫女でも需要はあります?

「強くなるにはどうしたらいいですかねえ」


 尽紫さんを見せて貰った、あくる日。

 私は羽犬さんのカフェに集まっていた、顔なじみのあやかしさんたちとの会話の中で話題を振った。


「修行の末に強くなってたんだから、修行するしかないんじゃない?」


 そう言うのは人魚さん。


「ですよねえ、でも早く強くならなくちゃ、紫乃さんと一緒になれないし」

「なになに? 紫乃さんってば結婚の条件にそんなこと言ってるの!? 姫!?」

「違うって。適当な噂広めないでくれよ」


 カウンターに座った紫乃さんが、くるっとこちらを向いて突っ込みを入れる。耳の端をちょっと赤くさせながら、紫乃さんは話を続ける。


「契りを尽紫が知れば怒濤の勢いで嫌がらせをしに来るだろうから、迎撃できる態勢は取っておきたいんだ。だから強くなってほしいだけで」

「あー、あのお姉様ね……」


 人魚さんたちが顔を見合わせ苦笑いする。これまでよっぽど暴れてきたのだとうかがい知れる。


「今度こそ楓ちゃん死なないといいわね」

「死んだことあるんですか!?」

「大丈夫大丈夫、お姉さんたちも守ってあげるから」

「私たち推しのライブまで死ねないから頑丈よ」

「そういう問題!?」


 突っ込みが追いつかない。きゃっきゃと盛り上がる人魚さんたちに、紫乃さんは眉を下げる。


福岡ここで平和に暮らしてくれるあやかしや神霊に、姉のことで迷惑をかけられない。俺と楓でなんとか姉を抑えられるようにするためにも、楓は強くなりたいって言ってくれてるんだ」

「いろいろ言ってるけど、なんだかんだ姫ポジよね紫乃さん」

「私、女×男のカプもいけるんだけど、次のマリンメッセのイベントで書こうかしら二次創作」

「コミティアのほうがいいんじゃない?」

「お前らが言ってる意味……分かってるからな、一応」


 ジト目で牽制するように言う紫乃さん。私はよく分からない。


「意味ってなんですか?」

「楓は知らなくていい」


 紫乃さんは私の背中を、ぽんと軽く叩いて笑った。


「早く強くなろうな」

「は……はい」


 その眼差しに、私はどきっと胸が高鳴るのを感じた。

 あの日から紫乃さんの態度にそこまで大きな変化はない。でも私のほうが紫乃さんを変に意識してしまう。まだ恋愛感情と言えるのかはわからないけれど、少なくとも「この人と一生一緒にいるんだなあ」と思うだけで、なんだか緊張するというか、顔の筋肉が変になる。


 ちなみに、昼間から紫乃さんがいるのは珍しい。

 先ほどまで、カフェの二階で、北部九州の地元神霊たちの会合が行われていたのだ。

 九州は毎年夏から秋に災害が多い。その間は人間の行政、主に土木担当部署より、紫乃さんをはじめとする土地神たちにも禊ぎ祓いの協力要請がある。紫乃さんは人間名で開いた会社で委託業務を請け負っている。ちなみに人間社会において、私と紫乃さんは婚姻届を提出できない。既に紫乃さんの娘として扱われているからだ。


 璃院紫乃の娘、璃院楓。

 そしていずれ事実上の配偶者になる二人。

 うーん、人聞きが悪い。親子って。


 ちなみにカフェに集まっているあやかしさんのうち、会合に参加していた人は、みんなそれなりに正装をしている。

 正装の基準はあやかしによってまちまちらしく、古代の壁画のような直垂姿の男性もいれば、すらっとパンツスーツの女性もいる。その人がいわゆる「赤ちゃんのために夜な夜な飴を買いに行く死んだ母親の幽霊」で有名な飴買いさんだとは初見では誰も気づけないだろう。赤ちゃんは無事に人間としての人生を全うし、彼女はバリキャリとして第二の人生を歩んでいるらしい。

 私たちが結婚するとなったら、結婚式はするのだろうか。

 その時は、あやかしさんたちはこうして集まってくれるのだろうか。


「私は和装だけど、紫乃さんは断然洋装だよねえ……」

「楓ちゃん? どうしたの?」


 私ははっとして自分の頬を叩く。


「きッッ気が早いッ!」

「な、何してるの」


 人魚さんが驚く。


「あはは、気合いを入れまして~へへへ」

「んもー、記憶喪失の子が頭に衝撃を与えるのはよくないと思うわよ」

「そうそう。強くなりたいって話だけどさ」


 奇行に走る私を見ていた人魚さんの一人が、脱線した話題を戻してくれる。


「はやかけんビームは出るんでしょ?」

「そうですね、結構自由に扱えるようになりましたね」


 私は頷く。最近は修行もかねて紫乃さんと禊ぎ祓いに出ることも増えていたが、全部はやかけんビームで解決していた。

 人魚さんがぴっと指を立てて提案する。


「もう一点突破でさ、元の能力を取り戻すことよりパワーで押し切ることを覚えるのはどう?」

「はやかけんからビームしか出せない巫女でも需要はあります?」

「あるある。どんな世界でも隙間需要はある」

「隙間需要か~」


 前の能力をそのまま取り戻さなくてもいいのでは、というのはいいアドバイスだ。

 するといつの間にか、別の席に座っていたあやかしや神霊さんたちも集まってきた。


「なんだなんだ、楓ちゃんの修行の話か」


 そこからはみんながわいわいと意見を出し合って話がトントン拍子に進み、天神地区まるごと複製神域を作って私の修行大会をすることが決まった。

 この間大牟田の商店街でやったものの、もっと大がかりなヴァージョンだ。

 有力者がたくさん集まっていたからか、サクッと話が纏まっていく。

 紫乃さんが既にあちこちに電話をしてくれていた。


「博多のほうと東区のほうは話をとり纏めるのに時間かかりそうだったから、俺と菅原道真せんせいの独断でやれる天神地区方面でやることにする」

「天神も結構大きい神社やお寺ありますけど、そこは大丈夫なんですか?」

「それは菅原道真せんせいパワーよ」

菅原道真せんせい便利だなー」

「あとみんな、天神ビックバンの影響で景色が変わってきてるのにノスタルジー感じてるあやかしも多くて。その辺の送別会っぽい気持ちも含んでるかな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る