第31話 人から忘れられたとしても。

「あっどうも」


 角打ち会場のような造りなので座る場所はない。テーブルは盛り上がっているので、庭の端にしつらえられた石の腰掛けに座っていただくことにする。


「あつつ、できたてですね」


 早速一口汁を吸った紫乃さんが、目を瞬かせる。


「味を濃いめにしてるな。酒吞みに合わせてる」


 歯ごたえがあるものは歯ごたえがあり、柔らかいものは芯まで味が染みた美味しいがめ煮だった。


「美味しー」

「一番いいところの筍持ってきてくれたみたいだな」


 紫乃さんが美味しそうに食べている。眺めていると首を傾げられる。


「……どうした?」

「未だにちょっと慣れなくて。紫乃さんが食べてるのが不思議というか……食べるんだあ、みたいな」

「人間の姿してるし、そこまでおかしくないんじゃないのか?」

「うーん、人間の姿をしてはいるんですけど、こう」


 慣れたはずなのに、神様がこうしてもぐもぐと咀嚼しているのは不思議な感じがする。そもそも物を食べそうにない顔をしているので、より不思議な感じだ。

 紫乃さんがレンコンを箸でつまみ上げ、見つめた。


「そういえば余所から来たあやかしに、がめ煮を普段から作るって大変ですねって話題振られたんだ」

「あー、まあ確かに大変ですよね。根菜多いし、種類多いし」


 確か元は福岡城の堀を有効活用するためにレンコン栽培が始まり、そこから生まれた郷土料理といわれている。


「昔は正月や祭りにしか出なかったのに、日常のおかずになったら確かに面倒だな。庶民の和食なんて山盛りの白米と塩っ辛いつけもので、ごちそうだったようなのに」

「むむ、歴史を見てきた人のご意見は違いますね」

「本当にいろんなことが変わってるよ。ただそれに突っ込み入れすぎるのも野暮かなってのが、あやかしや神霊の配慮ってやつだ」

「……もしかして、邪馬台国の場所とかも知ってるんですか?」

「さあてな」

「あ、知ってる言い方だ」


 私たちがそんなことを話していると、紫乃さんに向かって、か細い声がかけられた。

 ちょこちょことやってきたのは、手を繫いだ古びた博多人形や着せ替え人形、市松人形だ。

 彼女たちはぺこりと頭を下げる。


「こんにちは紫乃様、お久しぶりでございます」

「ああお前たちか。元気そうで何よりだ」


 紫乃さんは私を見て、彼女たちを紹介する。


「親族が福岡を離れたりで独居暮らしになった人間たちの家にいてもらってる皆さんだ」

「社会福祉ですか?」

「そういう要望もよく来るんだ、最近は。……で、どうした?」

「ええ。ありがたいことに福岡にも慣れてきたのですが、最近ドール趣味のニンゲンが遺した同胞が焼却処分されそうで」

「ん。どこの子だ、それは」


 ふと気づくと、お人形さんたち以外にも、紫乃さんに話しかけたそうなあやかしや神霊さんたちがいっぱいいる。背中に妖精の羽が生えた探偵っぽい人とか。

 赤い毛糸の帽子に首巻きをつけたお地蔵さんっぽい男の子が、私を見てにっこりと笑う。


「記憶なくなってるんだよね、楓おねえちゃん」

「は、はい」

「紫乃様に相談すると何かしら力になってくれるから、みんな話したくて仕方ないんだ。忙しい神様だから、なかなか捕まえられないしね」

「そうなんだ……」

「楓おねえちゃんもだよ。いろんなあやかしや神霊を助けてくれたんだよ?」

「そうなんですか?」

「うん。山の中で暴れてる旧い神様を浄化して穏やかなお姉さんにしてあげたり、百五十年くらい前にぼろぼろに破壊されたままだったお寺からね、僕みたいな供養をされてなかった子を見つけてくれて、ちゃんと祀ってくれる場所に置いてくれたり」


 顔がふっくらとした男の子は、うち捨てられていたとは思えないほど幸せそうだ。

 心惹かれるままに頭を撫でると、男の子は嬉しそうにはにかんだ。


「記憶を失う前の私、いい仕事してたんですね」

「これからも頑張ってね。僕たち応援してるから」

「ありがとうございます」


 男の子が去っていくのを見送る。彼はおそろいの帽子と首巻きをした男の子たちと一緒に、手を繫いで駆けていった。きっと同じお地蔵様仲間なのだろう。

 紫乃さんはあっという間にいろんなひとあやかしに囲まれていた。

 いわゆる人外の姿のひともいれば、普通の人間に見えるひともいる。トンスラの人もいる。キリシタンだろうか。


「すごいなあ……」


 私は見とれてしまう。紫乃さんは本当に神様なのだと、眩しい気持ちになった。

 お地蔵様から狐からトンスラの修道士さんまで、なんでもありなのは文化がごちゃごちゃに絡み合った土地の、旧い神様だからこそなのか。

 表舞台から信仰が消えた神様でありながら、紫乃さんは皆さんを、陰で支え続けている。


「そうか、私もだ」


 眺めながら私はふと思い至る。

 私自身も、紫乃さんに助けて貰っているひとりなのだ。

 宿命的に天涯孤独に生まれる私は、紫乃さんがいる限り、永遠にさみしい思いはしなくて済む。

 ずっと、生まれるたびに紫乃さんがそこにいるのだから。


「……ちゃーん……えで……ゃん……」


 そのときふと、羽犬さんの呼ぶ声が聞こえた。

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