第26話 みなさんのご意見
午前中、紫乃さんは用事があると言って屋敷を出ていた。
地下鉄の中洲川端駅に迷子になった人間を誘い込む違法悪徳猫又キャバクラがあるらしく、それの行政指導に同行するのだとか。
神様も大変だ。
そもそもあの駅は、酔ってなくても迷う。
紫乃さんが外出しているのをいいことに、私は羽犬さんのカフェに向かい、そこに遊びに来ていた人魚さんたち、鯉さん、その他いろんなお客さんに突撃取材を試みた。
春はフルーツの季節ということで、冷蔵庫がパンッパンにフルーツで溢れたお店は普通なら数千円かかりそうなてんこ盛りフルーツパフェをあちこちのテーブルに提供している。
カフェ全体が甘い匂いでいっぱいだった。
私は羽犬さんを手伝いながらお客様と雑談をしつつ、それとなく質問してみた。
「元の私、紫乃さんのことどう思ってたっぽいですか?」
そうすると回答はこうだ。
まずは人魚さん。
「元の自分なんて気にしなくていいんじゃない? もう今は今の楓ちゃんでしょ?」
「そうそう前から仲良かったよ。関係? さあ。兄妹みたいで可愛かったけど」
「それよりももうすぐ推しの誕生日なのよ。楓ちゃんも一緒にカフェ行かない? 特別イベントやっててね……」
話が推し活に脱線しそうだったので、続いて他の人に聞いてみる。
「懐いていたよ、大好きだっていつも言ってたよ」
「そうそう。あれだけ大切に育てていたのだからそりゃあ懐くよねえ」
しみじみと語る二人。自分のことよりも紫乃さんのことが気になる情報だ。
「紫乃さんってそんなに私を大切に育てていたんですか?」
「うん、夜泣きが激しいときも、紫乃さんちゃんと付き合ってあげてたもんねえ」
「和装じゃなくてスーツや洋装が増えたのも、楓ちゃんの育児の間の変化だよね」
「え、紫乃さん似合わないから和装は着ないって私に言いましたけど」
「あはは、筑紫の神様が和装着ないわけないじゃない。もちろん好きで洋装になったのはあるだろうけどね。あの見た目だし」
「そ、それもそうですね……」
意外かつ重要な情報だった。私は身を乗り出して聞いてみる。
「……私、もしかしてかなりきちんと育児されてきた感じですか?」
「そりゃそうだよ。生まれてすぐに引き取ってたからね」
「学校行事は全部出ていたし、おむつだって替えてたんじゃないかねえ」
「完全にお父さんじゃないですか。待ってください……じゃあやっぱり記憶を失う前の私も、お父さんとして懐いていたってことですか?」
「さあねえ。聞いたことはないねえ。でも仲良しだったよ」
「まあ深く考えなくてもいいんじゃないかい? 紫乃様と楓ちゃんはずーっと仲良しだったから、まあこれからもそうなるんじゃない?」
参考になるような、ならないような言葉で纏められた。
結局元の自分の情報はあまり得られないまま、私は羽犬さんが働くカウンターの中へと戻る。
私を慰めてくれるつもりなのか、食材、主にフルーツがわらわらと私に寄ってきた。
「ありがとう、うきはの宝石たち。……うーん、羽犬さんはどう思います?」
「楓ちゃんと紫乃の関係? ばり仲良かったよ」
「皆さんそう言いますよね。でもそれって父親として? 別の感じ?」
「んー、俺からしちゃ正直今とあんまり変わらんかなあ。まあなんでもいいとやない?」
「そう言われると気にしすぎのような気もしてきました」
赤ちゃんの泣き声がしたので、後ろをちらりと見る。
掘りごたつのほうでカワウソ─河童のママ友会が行われているらしく、そこの赤ちゃんの泣き声だった。人間と同じようにミルクを口にしているカワウソの赤ちゃんは可愛い。
羽犬さんがそれを見て、目を細めた。
「楓ちゃんの気持ちは置いとってさ。紫乃は本当に好いとるとよ、楓ちゃんのこと。俺に食事作りを頼んだのもそれだし。霊力を使えば人間相手の完全栄養食なんて作れるのにな、楓には土地の食材を食べさせてやりたいってな」
「……そうなんだ……」
「家具も地元なじみの家具屋に手配してもらって、霊力の安定に繋がる木材や産地にこだわったものを取りそろえていたし、楓ちゃんの霊力を強くするため、いろんなあやかしや神霊と縁が繫がるように意識していたし、本当に大切に育てていたよ。だから別に、ゆりかごから墓場まで連れ添おうがいいじゃん? あやかしや神なんてそんなもんだって」
「なんだか……地産地消の光源氏って感じですね?」
「だはは。
「でも光源氏は授業参観出てなかっただろうし……」
「ひー、笑いすぎて腹いてぇ」
人の流れというのは不思議なもので、先ほどまでは客で溢れていた店内が、ちょうど食べ終わったタイミングが同じになったのか、人々が次々とお会計を済ませて出ていく。
お店は私と羽犬さんと、池に戻った鯉のおいちゃんだけになった。
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