第25話 神様の感覚

「……うーん、そうですね……」


 私は返事に困って、腕を組んで首をひねる。

 正直なところ、紫乃さんは異性として好みなんだと思う。噓みたいに綺麗な顔立ちも素敵だし、顔に似合わない神様らしい大雑把な行動力も好きだし、何より弱っている姿を見ると、守ってあげたいと思う。

 家族愛、親への愛、兄への愛、恋愛、その他。

 この気持ちをシンプルに枠にはめようとするならば、確かに恋や愛の感情が、一番正解に近いのだろう。けれどそれはあくまで、強いて言うならというだけで、何より─今の私だけの判断だ。

 そもそも「強いて言うなら」くらいのノリで、恋愛対象です! と言っていいものか。


「前の楓は何も言ってなかったんですよね、確か」

「ああ。十八歳になってから決めるって約束だったから」

「うーんどうしよう」

「だから今の楓の意思で答えてくれていいよ。それに合わせる」

「合わせるって言われても……」


 私は腕組みをして唸った。

 死んで輪廻で人生リセットしているならともかく、私は記憶を失う前の楓の延長線上に生きている。

 もし前の楓に好きな人がいたら?

 もし前の楓が、紫乃さんと恋愛関係になるのを望んでいなかったら?

 前の楓がお父さんと思っている相手と恋愛になっちゃうなら、それはものすごくよくない気がする、倫理的に。そのあたりの確認前に返事をするのは、落ち着かない。


「何に引っかかってる?」

「はい、実は……」


 私は『記憶を失う前の楓にとって父なら、私が夫にするのは気まずい問題』について説明した。すると紫乃さんも私と同じように、うーむと唸って首をひねってしまった。


令和いまはいろいろ難しいよなあ。古代なら神相手なら親子だろうが兄妹だろうが気にせず夫婦になるのはよくある話だったし、その後の時代なら男女が一緒にいるならそりゃ結婚、みたいなムードだったからなあ。実は悩んだことなくて」

「うーん、時代が新たな悩みを作るとは……」


 私はちら、と紫乃さんを見る。


「紫乃さんのほうこそどうしたいんですか?」

「俺? 俺は最初から一貫して、楓を愛しているよ」

「愛してるって、あくまで神様としてですよね? いきなり気軽に恋愛関係になれるんですか」

「なれるよ」

「娘扱いだったんでしょ、私のこと」

「娘扱いなんて、一度も言った覚えないけど」

「え?」


 紫乃さんは至極当然という顔をして続けた。


「楓にとって父とか兄だっただけで、俺にとって楓は一貫して俺の楓だよ。愛しているし、当然恋愛関係になるのはありだよ、今からでも」

「わ、わーお……」


 率直かつ大胆な言葉に、図らずも顔が熱くなる。


「もちろん楓が大人になるまでは、庇護対象として見るだけの感覚も、令和の常識として持ち合わせてはいるよ。でも俺的には楓がどんな姿でも変わるものはないよ。例えば」


 紫乃さんは当たり前のように私の手を取る。


「今すぐ異性として触れて欲しいならそっちに切り替えるよ。今、楓は十八だろう? 現代でも十分に許されるし、俺も歓迎だけど」

「い、いきなりなんか……発言と接触の湿度が上がったんですけど」

「湿度なんてどうとでもなるよ、俺は人間じゃないんだから。肉欲に振り回されるタイプの愛じゃないし」

「に、肉欲!」

「神だから繁殖本能もないしなあ」

「夜さんの言い方がうつってますよ!」

「はは、でもそういうこと」


 紫乃さんは笑って、私の目をじっと覗き込んでくる。


「どうする? 試してみて、やっぱりやめるってのでもいいよ」

「たたたた試すって、試すって何を、その、」

「夫婦になれるかどうか?」


 至近距離の体温に鼓動が跳ねる。抵抗できない。綺麗な顔はずるい。


「一度は俺でいいか、試してほしい気持ちはある。他の男を選ぶんだとしてもね」

「そ、その心は」

「試したらわかることもあるだろう」

「たた確かに頭で考えるより、行動で気持ちがわかる場合もありますけどぉ」


 密室。布団の上。二人きり。


「……楓は、どうしたい?」


 さらにこの台詞。

 なんというか、いくら私でも─流されてしまう!

 そのとき。


「はいはい! 朝ばい! 夜はもう来とーとに二人とも何してんの!」


 お鍋カンカンさせる音とともに羽犬さんがやってくる。

 あっと思う前にがらっと障子を開けられた。


「ぎゃー!」

「ぎゃーじゃなかたい、もう! 早くご飯食べに来んね! 紫乃も邪魔せんの!」


 鍋に生えた手が勝手にトントン自分を叩いているのだ。でんでん太鼓みたいに。

 羽犬さんは去っていく。

 私が茫然としていると、苦笑いした紫乃さんが立ち上がった。


「朝から話し込みすぎたな」

「い、いえ……大事なお話だったので……」

「じゃ、またあとで」


 この状態で朝食を食べるのですか、気まずくないですか。

 そんなふうに思う私の気持ちなど全く考慮せず、紫乃さんは何事もなかったように部屋を去っていく。私は胸に手を当てる。バクバクと、今も鼓動が大暴れしていた。


 私は混乱した状態で、一番似合わない例のワンピースを纏ってダイニングに向かうことになった。

 付喪神のついたお皿でさえ、ドン引きしてささっと食卓で身を引いた。ひどい。


 やはり逃げるわけにはいかない。

 そろそろ向き合うしかない─元の私の気持ちについて。

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